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    記憶のうた 第五章:真実の行方(8)


     キメラが低く唸り声を上げる。ぽちをぎゅっと抱きしめ、リアは右足を一歩だけ引いた。
    「うう……すっごい迫力……。身長で威圧するなんてずるいよぉ〜」
     リアが対峙しているキメラは、四匹の中では一番小さい。ユートに「お嬢はあっち」と指差されたキメラだった。恐らく、四匹の中では一番弱いのだろう。それでも、大きさはリアの三倍近くある。威圧感は相当のものだ。
     キメラの元に走る途中、ティアには「危なくなったら呼べ」と言われたし、リュカには「逃げ回るのも手だよ!」と言われた。だが。
    「あたしだって……召喚士だもん! 負けないんだからっ!」
     若干涙目なのは自覚しているものの、そう言い切ってキメラを睨みつけた。
     負けられない。だって、自分の後ろにはウィルとソフィアがいる。二人を、絶対に守ってみせる。
     ふと、先程のソフィアの様子がリアの脳裏を過ぎった。リアには、ソフィアが何か辛い事を耐えているように見えた。
     そんな瞳をした人を、リアは知っている。目の前で、その瞳を見た。その人は、穏やかな瞳の優しい人で、リアにとっても大切で大好きな人。けれど、その人の瞳は怯えで曇ってしまった。……リアがそうさせてしまった。
     心が痛かった。自分の弱さを、無力さを、未熟さを嘆いた。嘆いて、嘆いて。そして、誰にもあんな思いをして欲しくないと思った。強さを願った。
     それはきっと途方もない願いなのだろう。自分の無力さなど十分に分かっている。それでも、自分に出来る精一杯をしようと、決めた。
     だから、負けない。負けるわけにはいかない。
    「む!」
     ぽちが力強く鳴く。頑張れと言われている気がして、リアは力強く頷いた。
     キメラが一歩だけ間合いを詰める。同時にリアはすっと息を吸い、引いていた右足を大きく踏み出し、床に打ち付けた。
     召喚術は、心だ。
    「猛る煉獄の主、全てを焼き尽くす業火を統べし者よ! 我が呼び声に応えてここに来たれ! 我、召喚士の名に於いて命ず! 出でよ!!」
     キメラが地を蹴り、リアに向かって突進してくる、リアは瞬くこともせずに、叫んだ。
    「アミィ!!」
     巨大な炎と煙の柱が、リアの目の前に出現した。その中からすっと手が伸びる。
     ――……そして。
     リアの目の前に迫っていたキメラは、青白い炎に巻かれ、炭と化した。

     ユートは大剣を片手で軽々と構えつつもう〜ん、と緊張感なく唸る。
    「あっれ〜? ……俺様、深みにハマってない?」
     こんなつもりじゃなかったのになぁ、と独白するユートだが、言葉の内容とは裏腹にひどく楽しそうだ。
     面白そうだとは思ったが、深く係わるつもりなどなかった。深く入り込まないし、相手にも入り込ませない。それがずっと貫いてきたユートのスタンスだった。けれど。
    「まぁ、いっか。……結構、気に入っちゃったし、どうなるのか気になるし。……死なせるのも惜しいしねぇ」
     ユートの笑みが苦笑に変わった。
     それにしても、自分が再び誰かの為に剣を振るう日がくるなんて、思わなかった。
     二度とそんな日は来ないだろうと思っていたのに。
     まったくの予想外。だが、だからこそ旅は面白いしやめられないのかもしれない。
     ぐっと剣を持つ手に力を込めると、キメラが一歩引いた。まるで、目の前のユートに怯えるかのように。
     ユートはキメラを見て、目を細める。
    「おやぁ? もしかして、俺様が怖い? ……獣が鋭いって本当なんだなぁ」
     そうして先程とは違う形の笑みを浮かべた。
     緩い口調とはそぐわない。好戦的で不敵な笑み。
    「気付いちゃったんだ? 俺様の強さ」
     とんっと軽く床を蹴ると、一気に加速した。それはとても自分の身の丈に近い大きな剣を持っているとは思えない軽やかな動きだ。
    「でも、逃がすわけにはいかないから。……覚悟して?」
     上段に振り上げ、落下の速度に自分の力、おまけに重力を加えて振り下ろす。
     キメラの頭が、一瞬で叩き潰された。

     リュカとティアは二匹のキメラと対峙していた。
    「リュカ。時間をかけたくない」
    「分かってる! 僕、頑張るよっ! ティアの為にっ!」
     拳を握り締めつつ熱く語るリュカにだが、ティアは微かに眉をしかめ、首を傾げた。
    「私の為に頑張ってどうする? ウィルとソフィアの為、だろう? ……一人対峙しているリアも心配だ」
     ティアに、悪気はない。淡々と語る彼女は事実を述べているだけだ。タイミングも悪かったかもと、リュカは肩を落とした。
    「うん、だよねぇ。……三人を心配するティアの為に、頑張るよ。早く倒さないと、だよね!」
    「……? そうだな」
     リュカは剣を構え、息を吸った。
    「……行こう、ティア」
    「ああ。頼りにしている」
     リュカは小さく微笑む。今はその言葉で充分だ。
     ティアが地を蹴ると同時に、リュカは精神の集中に入った。精神を極限まで高め、剣を握った両手を肩の高さまで上げて、剣を地面と水平に構え、肩を引いた。
     リュカの体から光が生まれ、剣に収縮していく。
     リュカに背を向けていたはずのティアは、まるでそれを見ているかのように、横に飛び退いた。言葉を交わさなくても、お互いの戦闘能力と役割は充分に理解している。
     ティアの役目は、キメラの注意を自分に引き付ける事と、時間を稼ぐ事、そしてリュカの正面に二匹のキメラが来るように誘導することだ。
     きちんと目の前にいるキメラに目を留め、その瞬間、別の大きな力の気配を感じ、背筋に悪寒を走らせた。が、今は目の前の脅威を退けることが先決だ。
    「光竜撃!」
     叫びと同時に剣を突き出すと、剣から光の竜が放たれ、キメラ二匹を一気に呑み込んだ。
     破壊力の高い技だが、直線にしか放てず、力を溜めるのにも時間がかかるという非常に使い勝手の悪い技だ。一人でいた頃には絶対に使えなかった技。
     その折り紙つきの威力で、二匹は一瞬で消滅する。
    「リュカ!」
    「分かってる! 何が起こってるんだ!?」
     リュカとティアは先程の気配の方向に顔を向け、起こっている出来事に目を丸くした。。

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