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    記憶のうた 第五章:真実の行方(7)

     
     全員で呼びかけても、顔の目の前でひらひらと動くユートの手の動きにも、ソフィアは何の反応も示さなかった。ウィルは眉をしかめ、もう一度名を呼ぼうと口を開きかける。
     同時に、ソフィアががくんと膝を付いた。あまりに力のないその動きに、全員に緊張が走る。
    「おいっ! ソフィア!」
     屈みこみ、思わず強い調子で呼んで肩を掴むと、ソフィアがはっと顔を上げた。どこか虚ろだった瞳に、光が戻る。
    「……ソフィア?」
     もう一度、ゆっくりと呼びかけると、ソフィアはほうっと小さく息を吐いた。
    「……ウィル、さん……」
     掠れた声でソフィアが応じる。その額にはじんわりと汗が浮いていた。
    「ソフィアちゃん! だいじょう……きゃうぅ!?」
     ソフィアを案じるリアの言葉は、突如襲った大きな音と強い揺れに遮られた。あまりの振動にバランスを崩したリアを、ユートが片手で支える。
    「あ、ありがと。ユートちゃん! ……何なの〜? 地震?」
    「う〜ん。何か違うっぽいねぇ」
     リアはぽちを抱きなおし、ユートを見上げた。
    「違う?」
    「うん。ホラ、壁が動いてる」
    「え?」
     リアは視線をユートが指差した壁に向ける。その言葉通りだった。広間の壁が土埃をたてながら、微かに動いている。その箇所は計四箇所。
    「気をつけろ。……生き物の、気配だ」
     ティアがそう言って腰に佩いていた二振りの短剣を引き抜いた。それにリュカが頷き、剣を抜く。
    「しかも、一匹じゃない!」
    「……なーるほどね〜。もしかしたら、この機械を調べると発動する罠なのかもねぇ。内部手薄でラッキーとか思わせといて、最後に強力な罠なんてや〜な感じだねぇ。造ったヤツ、絶対性格悪いよ〜。……御大、お姫の様子はどう?」
     ウィルは辛そうな表情のまま座り込むソフィアの背を支えながら冷静に応じる。
    「駄目だな。……戦闘どころか、動くのもキツそうだ」
    「すみま、せ……」
     ソフィアの掠れた声での途切れがちな謝罪に、ウィルは気にするなというように背を軽く二回叩いた。
    「おぉ? 御大、冷静だねぇ。今の状況、かーなーり、やばいんでない?」
     どこか軽い調子を残しながらも、ユートの声が若干の真剣さを帯びる。ウィルは事も無げに応えた。
    「俺は元々戦闘向きじゃない。冷静さを失ったら、そこで終わりなんだよ。……それに、役に立つんだろ?」
     ウィルが不敵に笑うと、ユートが大剣の柄に手をかけながら曖昧な笑みを浮かべる。
    「あっれ〜? 俺様、信用されてないんだと思ってたけど?」
     分かっていてあの態度だったなら、とんだ狸だとウィルは思う。
    「真剣に聞いといて、何を今更言ってやがる。……信用されてないと思うなら、させてみやがれ」
     わざと乱暴に言い放つと、ユートは曖昧さを消した楽しそうな笑みを浮かべた。
    「ふふん。……まぁ、可愛い女の子達の危機は見逃せないしねぇ」
     そう言ってユートは大剣を構える。やる気のない口調のままだが、戦う気は充分のようだ。
     ウィルが小さく笑みを浮かべると同時に、大きな衝撃の後は小刻みに震えるだけだった壁が、がらがらと音を立てて崩れ落ちた。砂埃が宙を舞う。そして、その奥から響く獣の唸り声と姿に、ユートが口笛を鳴らした。
    「わぁ〜お! キメラじゃ〜ん」
     キメラ。つまり、合成獣。最強の魔獣の一つに名を上げる生物だ。恐らく、古代術で合成された能力が未知数の魔獣が四匹、壁の奥から姿を現した。
     ウィルは腕の中のソフィアに視線を落とす。
     今の状態のソフィアが戦闘に立てるとは思えないので、五対四。
     その思考を読んだかのようにリアが振り返り、にっこりと笑った。
    「あ、ウィルちゃんはソフィアちゃんについててよねっ!」
    「むぅ!」
    「は?」
    「そうだな。今のソフィアを一人放置するのは、大変危険だ」
    「そうそう〜。お姫を守るのは王子の使命だしねぇ〜」
    「こっちは任せとけっ!」
     口々に好き勝手を言って、ウィルの返答を待たずに散ってしまった。ウィルとソフィアの二人が、天使像の前に取り残される。
    「……ウィル、さん。……私は、大丈夫ですから……。みなさんを……」
     先程よりは声はしっかりとしているが、まだ調子の悪そうなソフィアを一人放っておけないのも事実だ。
     ウィルはその額を軽く小突く。
    「ばーか。そんな顔色で言われたって欠片も説得力ねーよ。……何があった」
     ソフィアは緩慢な動作で天使像を見上げた。その瞳が微かに潤む。泣くのかと思ったが、ソフィアは泣きそうな顔のまま苦い笑みを浮かべた。
    「……こどもが……二人の小さな子達の……助けを求める声が、聞こえたんです」
     突然の話に、ウィルは微かに眉をしかめたが、ソフィアの話を遮るようなことはしなかった。
    「……私、助けたいって……助けなきゃって……手を、伸ばした」
     微かに混乱しているのだろう。話すというよりは半ばうわ言のように呟くソフィアに、ウィルは厳しい視線を向ける。
     ソフィアと出会ってから今まで、ソフィアが話したような出来事に遭遇したことはない。
     ならば、これは。これは一体、いつの記憶だ。
     険しさを帯びるウィルの視線の先のソフィアの瞳が、再び焦点を失っていた。
    「でも…………つみ、で」
     搾り出すように紡がれた言葉は、間が開きすぎて一つの文章として捉えていいのかどうかすら、分からない。一つの文章として捉えたとしても意味が分からない。
     子供を助けようとしたか助けたら、罪。そう聞こえた。だが、そんなことありえるだろうか。助けるという言葉だけでは何をしたのかは分からないが、迷子を助けても命を助けても、感謝されこそすれ、罪に問われることなどないはずだ。
     そんな法がある国など、ウィルは聞いたことがない。
     混乱したソフィアの眦から、一粒だけ涙が零れた。

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