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    記憶のうた 第五章:真実の行方(6)


     そこは、ただ広いだけの空間だった。外の広場と同じく円形のその広間は、恐らく外よりも広い。目測だが直径で五〜六十メートルはありそうだ。
     建物の内部だということを考えれば驚きの広さである。
     その広間には、ウィル達が入ってきた通路以外に見える形での扉や通路はなく、部屋の奥に一体の立像があるのみだ。隠し通路などがなければ、ここが最奥ということになる。
     隠し扉の有無も調べる必要があるだろうと思いつつ、ウィルは立像に近付いた。
     近付いて見ると、それはとても精巧に彫られた天使の立像だ。リアの背よりも高い台座の上で、指を祈るように組み穏やかに微笑んでいる。
    「うわぁ〜。きれーい……。天使様だぁ」
     見上げたリアが頬をやや紅潮させ、ほうっと息を吐いた。
    「むぅぅ〜」
     同意するように、ぽちが鳴き声をあげる。
    「確かに素晴らしい出来だな」
    「そうだね、ティア! ……ん? 台座に何かあるよ?」
    「……ディスプレイ、に見えるな……」
     リュカの言葉に視線を台座に落としたウィルは、そう呟いて眉をしかめた。
     台座に埋め込まれているそれは、パソコンの液晶画面のように見える。
    「お! 御大〜。ここに魔力感知のパネルがあるよ〜! 俺様あたーっく!」
     ユートがそう言って止める暇も与えずにパネルに触れる。ぶんっと小さな羽音のような音がして、目の前の画面に明かりが灯った。同時に重たい音と共に土台の一部が動き、キーボードが現れる。
     パソコンのような、というよりパソコンそのもののようだ。
    「勝手なことすんなっ!」
    「はっはー。それは難しい相談だねぇ」
    「何でだよっ!」
     言いつつウィルは画面に視線を走らせる、が。
    「……うわ!? 何だ、この文字っ」
    「古代文字だねぇ。……俺様これ苦手ー。肩こる言い回しが多いんだよねぇ」
     何となく見覚えはあるものの、全く読めない文字の羅列に、ウィルはディパックからノートパソコンとケーブルを取り出した。
    「……どうするんだ?」
    「俺のパソコンをこっちのパソコンに接続してみる。これには古代文字の解析ソフトも入ってるから、内容が分かるかもしれない」
     土台に触れれば、微かな駆動音と熱が伝わってくる。見た目は石のようだが、どうやらこれは機械を擬態させているだけのようだ。ウィルは手探りで接続部分を見つけ出し、自身のパソコンを繋げた。
     ウィルの指がキーボードの上を高速で踊る。
    「うわぁ、はっやーいっ!」
    「ひゃー、機械国の王子っぽーい」
     リアとユートがウィルのタイピングの速度を見て感嘆の声を上げた。ウィルは無言のまま、操作を続ける。
     土台のパソコンの情報を出力し、解析ソフトでその情報を解析する作業を終えたところで、先程から一言も発していない人物がいることに気付いた。
    「……ソフィア?」
     振り返ってソフィアを見たウィルは、思わず息を呑む。そのウィルの反応に誰もが同じようにソフィアの方を見て、同じ反応をした。
     ソフィアの様子は明らかにおかしかった。目を大きく見開き、時が止まったかのように微動だにせず、天使像を凝視している。
    「ソフィア、ちゃん?」
     そっと呼びかけるリアにも、ソフィアは応じない。聞こえてかのいないようだ。
    「お姫〜?」
    「……どうした?」
    「おーい、ソフィア?」
     それぞれの呼びかけにも反応することなく。ソフィアはただ天使像を見つめて続けていた。

     胸の奥がざわめく。
     天使。天上国・エアリアルの住人にして神の遣い。五百年間鎖国している国に住む、半ば神格化した存在。
     ――……フィア?
     声が聞こえた気もしたが、それは薄い膜に遮られたかのように、ソフィアにはしっかりとは届かない。顔の目の前で手をひらひらと振られても、ソフィアの目はそれを見ていなかった。
     脳裏を過ぎるのは、いつの光景だろう。
     子供だ。幼い子供二人が、肩を寄せ合って震えている。ぼろぼろと涙を零すその顔に張り付いているのは、恐怖と絶望という負の感情だけだ。
     怖い怖い怖い。助けて助けて助けて。
     耳の奥で木霊する、この声は。一体誰のものなのだろう。
     子供達だ。恐怖と絶望に震える子供達は、それでも生きたいと願っていた。幼いながらも必死に助けを求めていた。ただ、強くそれだけを願って。
     助けたいと思った。助けなければいけないと思った。自分には、その力がある。
     けれど。……けれど、それは。
     ああ、そうだ……。私は、罪を……。
     全て、思い出した。私は……。
     記憶の奔流に呑まれそうになって、ソフィアは無意識に膝を付いていた。身体が熱い。
     ――おいっ! ソフィア!!
     切迫したような声と、肩を掴む強い感触。力強い呼び声は、今度は遮られることもなく。ソフィアの意識は現実へと引き戻された。

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