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    記憶のうた 第五章:真実の行方(5)


    「はっはっはっ。嘘って失礼だな〜。人を信じることは大切だよ〜?」
    「場合によるだろがっ! こんな森の奥の! エレベーターでしか上がれない崖の上に! 通りすがる奴がいるかっ!!」
     ウィルの言葉に、ユートがふっと遠い目をした。
    「人生、科学じゃ説明できないことばっかりなんだよ……。機械国の王子様には分からないだろうけどね……」
    「科学関係ねーしっ!」
     この男と話していると、物凄く疲れる。がっくりと項垂れるウィルの横に、ティアが並んだ。
    「……この魔跡に用でもあったのか?」
    「いや〜? 本当に通りかかっただけ〜。……そしたらさ、エレベーターの駆動音が聞こえたから、面白そうだな〜って思って。どうせなら面白いことはいい所で見たいじゃない? だから、崖よじ登ってー、あそこからずーっと見てた」
     どこまでも胡散臭いこの男の言葉は、どこまでが真実なのか全く読めない。全てが嘘なのかもしれないし、どこかに真実が紛れているかもしれない。そんな雰囲気を滲ませたユートの言葉に、ウィルは思わず眉をしかめた。
     嘘に紛れた真実ほど、見つけにくいものはない。
    「……だが、この場は偶然に通りかかれるような場所ではない。……ならば、この場に来たのには何かしらの意図があったはず。……何者だ」
     眼光鋭く睨みつけるティアに、ユートはぴゅーっと口笛を吹いた。
    「ひゃあ〜、かっこいい〜。……姐さんって呼んでいい〜?」
    「あ、ティアに馴れ馴れしくするな! あっち行け! しっしっ」
     別の意味でユートに敵意剥きだしのリュカが、ティアとユートの間に割って入る。ウィルはため息をついて顔を上げた。これ以上、この男に時間を割いていても意味がないだろうことは簡単に予想がつく。
    「……ソフィア、リア、ティア。馬鹿は放って行くぞ。付き合ってたら日が暮れる!」
    「あ、ひどいな〜。ってゆーか、王子ってば両手に花どころかお花畑?」
    「ああ!? ウィル、僕まで置いて行かないでよっ! それにティアの隣は僕の場所!!」
    「うっさい! あと、ユート! 妙な呼び方すんなっ!」
     ユートは少し不服そうに考え込んだ後、びっと人差し指を立てる。いちいち行動が演技臭い男だ。
    「え〜……じゃあ、保父さん?」
     ウィルは黙ったままホルスターから銃を抜き、構える。
    「あっはっは。じょーだんだってば、冗談。怖いなぁ、御大」
    「あーもう! さっさと行くぞっ!」
     ウィルは銃を戻すと、後ろでなにやら叫んでいるリュカを無視し、魔跡の扉へと足を進めた。

     ロム山の魔跡とは異なる雰囲気を持つその魔跡は、入り口も魔力感知式の自動ドアだった。ソフィアが扉の横のパネルに手を伸ばそうとすると、ひょいっとユートが割って入る。
    「あ、俺様やりたーい! ほい、タッチ!」
     扉が音もなく横にスライドして開いたのを確認して、ウィルはちらりと横を見る。
    「……何でお前が普通について来るんだよ?」
    「いいじゃ〜ん。面白そうだしさぁ。俺様、役に立つよ〜?」
     相変わらずへらへらと笑うユートに、ウィルはため息をついた。拒否しても無理矢理にでもついて来そうだ。
    「……ねぇ、ウィル、ちゃん?」
    「……何だ?」
    「ウィルちゃんって……本当に、ガジェストールの王子様なの?」
     微かに視線を泳がせて、リアが聞きずらそうに尋ねてくる。ウィルは自分が一度も言葉にして肯定も否定もしていないことに気付いた。
    「……まあな」
     ここまで情報が出てしまえば、隠しておくことは無意味だ。ウィルはあっさりと頷く。
    「じゃあ、身分証とかパスポートにも……えっと、ガジェスト? って入ってるの」
    「んな訳ねーだろ。そんなもん記してあったら、一発で身分ばれるじゃねーか」
     言いながら、ウィルは懐からカード型の身分証明証を取り出し、リアに見せた。
    「ウィリアム=オルコット=ラディスラス? ……え〜、何で?」
    「ガジェストってのはガジェストールの王族って意味なんだよ。ガジェストの名だけである程度の法的拘束力があるんだ。だから公式の場でしかガジェストを名乗ることは許されないし、名乗ってたら日常生活じゃ枷になる。……宿に記帳する度に法がどうだ審査がどうだとかやってたらうっとーしいだろうが」
     細かく説明すればもっと色々とややこしい規則やら何やらがあるのだが、そこまで説明する必要はないだろう。
     この魔跡の通路は、ロム山のそれよりも広く明るい。ウィルは周囲に気を配りながらゆっくりと歩く。
    「……ユートはどこでウィルが王子って知ったんだ?」
     走って追いついてきたリュカが、ティアの隣に並びつつ疑問を発した。
    「ああ……それは俺も気になるな」
     ちらりと視線をやるとユートが考える素振りを見せた。
    「……俺様、半年くらい前はガジェストールぶらぶらしてたんだよね〜。ちょうど婚約会見があってー、その時に」
    「「えええええ!? 婚約ぅ!?」」
     リアとリュカの声が綺麗に被る。ソフィアが目を見開き、ウィルを見た。
    「俺じゃねぇ! 兄貴のだ! ユート、てめぇワザとだろ?」
    「あっははー。まっさかー」
     ユートはそう言うが、限りなく嘘くさい。その横で、リュカがほうっと息を吐いた。
    「なーんだ、お兄さんかぁ。びっくりしたー」
    「本当だよね〜。ねっソフィアちゃん!」
     リアの言葉に、どこか呆然としていたソフィアがはっと我に返った。
    「え? あ、はい。そうですね」
     そんなソフィアの様子が気になり口を開きかけたウィルだったが、それよりも先にティアが小さく呟く。
    「……罠らしきものがないな」
     その言葉に、ウィルの注意が魔跡へと戻る。確かに、それも気になっていたのだ。
    「そうだよねぇ。ロム山の時は罠いっぱいだったのに」
    「そうでしたね」
     ウィルは眉をしかめた。罠が少ないタイプの魔跡も、ないわけではないのだが。
    「……あっさりしすぎている気がするな」
    「そお〜? 楽でいいじゃ〜ん」
     ユートは呑気にそう言うが、ウィルはそこまで楽天的になれない。入口にあんな侵入者排除のシステムを設置しておいて、中に何もないというのは明らかにおかしい。
     確かに、一般人にはあの機械蜘蛛の攻略は難しいだろう。ウィルとソフィアとリアの三人だけで来ていたら、恐らく太刀打ちできなかった。だが、逆を言えば戦力さえあれば攻略は可能なのだ。それなのに内部に罠がひとつもないとは。
     違和感がある。深い森の奥、切り立った崖の上、周りを覆う分厚い壁。まるで周囲から隠すかのようにひっそりと建てられた魔跡に、入口の防衛システム。それとは逆に、無防備な内部。
     罠がないこと自体が、罠なのではないか。こちらを油断させるための。
     そう思いついたのと。
    「あ、広間だ」
     リュカが声を上げたのは、まったく同時だった。  

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