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    記憶のうた 第五章:真実の行方(1)

     ティアがその情報を手に入れたのは、翌日の昼過ぎのことだった。アスタールの南に広がる広大な森、通称・幻妖の森。その奥に魔跡があるという。
    「幻妖の森かぁ、なーんかいかにも! って感じだよね」
    「まぁな。……だが、この森は人を惑わす。……気をつけろよ」
    「案ずるな。この森ならば、私が多少案内できる」
     ウィルの言葉に、ティアがアップルパイを頬張りながら、力強く頷く。
    「そりゃ、頼もしいな。……って、お前、一日中甘いもん食いっぱなしじゃないか?」
    「うむ。気にするな」
    「気になるわ! ……何か、見てるこっちが気持ち悪くなってきた……」
    「なっさけないなぁ、ウィル! ティア、僕は平気だからね! ……甘い物を頬張るティアも素敵だよ!」
    「ん? ……そうだな、ここの甘味は確かに素晴らしい。それを見抜くとは……リュカ、やるな」
     甘味に夢中で半分ほど聞いていなかったらしいティアの言葉に、リュカががくりと項垂れる。
    「……すごい。ティアちゃんのアレ、本気かなぁ?」
    「わざとだったら、酷すぎるだろ。……本気の方が、まだ救いがある。にしても、ここまでくると、いっそ清々しいよな」
    「うう〜ん。リュカちゃんが可哀相というか、面白いというか……」
    「前者三割、後者七割と見た」
    「お〜。いいとこいくね〜、ウィルちゃん」
    「むぅ!」
     小声で会話をするウィルとリア。ソフィアは落ち込み気味のリュカに心配そうに声をかける。
    「だ、大丈夫です! リュカさん! リュカさんのこと褒めて下さってますし、チャンスはまだあります!」
    「そ、そうだよね! ありがとう、ソフィア! 僕、頑張るよっ!!」
     そして話題の中心人物であるティアはいつの間にか追加注文をしたベルーベリーパイを頬張りながら、首を傾げる。
    「何を頑張るのだろう?」
     そんなわけで、よりいっそう不可思議な集団になった一同は、幻妖の森に向かうことになったのである。

     そして、ティアを先頭に森に入って、数時間後、彼らはまだ森の中を魔跡に向かって歩き続けていた。
    「……やっぱり、相当歩くんだな……蒸し暑い……」
     完全に覇気の消え失せた声で呟いたのはウィルだ。以前、リアにインテリと評されたとおり、体力にも全く自信がないウィルは、すでに疲れ果てていた。
    「もう少しだ、耐えてくれ。……リア、大丈夫か?」
     ウィルの後ろでさらにへろへろにとして、まるで昆布のように揺れているリアに、ティアが尋ねる。
    「うう……足痛い、歩きづらい……。休みたいよぅ」
    「む、むー……」
     リアの腕の中のぽちが疲れた声を出す。何で、ぬいぐるみが疲れた声を出すのか。しかも、リアにずっと抱きかかえられている分際で。……という突っ込みがウィルの脳裏を掠めたが、残念ながらそれを口にする気力もなかった。
     足場が悪くて、予想以上に体力を消耗しているのだ。
    「……ここで休むか? 魔物の気配はないから大丈夫だと思うが」
     ティアの言葉に、リアは周囲を見回し、足元に視線を落とした。日のほとんど射さない、じめじめとした森。地面も微かに湿っていて、直に座ることは出来れば避けたい。
    「……歩くぅ。もう少し、何でしょう?」
     疲れきっているリアを、ソフィアが心配そうに覗き込んだ。ちなみに、ソフィア、リュカ、ティアの三人は未だぴんぴんとしている。魔術師のソフィアだが、意外と体力はあるらしい。
    「大丈夫ですか? リアさん。……そうだ、私がだっこしましょうか?」
    「アホか。……こんな動き辛い場所でんなことしたら、危険だろうが」
     疲れの滲む声音で、それでも突っ込むウィルの言葉に、ソフィアはぽんと両手を打った。
    「あ、じゃあおんぶにしますね〜。これなら足元も見えますよ」
    「……魔物の対処の話をしてるんだが」
     人一人抱えた状態で、素早い反応など出来るはずがない。
    「あ」
     ようやく気付いたらしいソフィアはそう呟き、肩を落とした。
     ソフィアの様子に、思わず苦笑を滲ませると、ウィルとソフィアを交互に見たリアが、すすっとリュカににじり寄った。
    「ねーねー。リュカちゃん。……ウィルちゃんってさ、意外にソフィアちゃんのこと気遣ってるような感じ、しない?」
    「え? ……あー。って、やっぱり二人ってそうなのか!?」
    「……何か言ったか。そこのミニマムコンビ」
     冷たく言うと、ミニマムコンビは声を重ねて叫んだ。
    「「ミニマム言うな! 小柄っ!!」」
     意味はあまり変わらないが、要は気持ちの問題であるらしい。そんな魂のこもった二人の主張を平然と無視して、ウィルは前方を歩くティアに声をかける。
    「もう少しってことだが……あと、どれくらいだ?」
     ティアは地図を眺めながら応じる。
    「そうだな。……速度と時間から察するに、今はこの辺だろう。魔跡……というより、この森で観測された『魔力の吹き溜まり』の位置はこの辺り。……となると」
    「このペースなら、あと二、三十分ってとこか」
    「そんなところだな」
     随分と長いもう少しではあるが、今まで歩いてきた時間と比べれば、短いことは確かだ。
    「……さすがに今日は野宿だな」
    「うむ」
     そして、ウィルとティアの推測どおり、彼らは二十五分後に目的の魔跡に辿り着いたのだった。

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