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    記憶のうた 第五章:真実の行方(2)


     魔跡があると思しき場所についた頃には、日が若干傾きかけていた。ただでさえ日が差し込まない森である。周囲はかなり暗い。
     この状態では探索は危険だという判断と、ウィルとリアの体力が限界ということもあり、結局その日はウィルの予想通りその場で一晩を過ごすことになった。
     そして、翌日。一同は切り立った崖を見上げる。第二の魔跡もロム山と同じく崖の上にあるらしい。
     ロム山と違うのは、ウィルたちの目の前に魔跡に入る為のものと思われるエレベーターが設置されていることだろう。
    「ええと……ここに触ればいいんですよね?」
     エレベータの横にあるパネルを指差し、ソフィアは確認するように首を傾げた。
    「ああ。それで起動するはずだ」
     ソフィアは小さく頷いて、ぽんっとパネルに手を置いた。同時に、森の中に機械の駆動音が響き渡る。
    「……そう言えば〜、どうしてこの魔跡って未調査なの? ティアちゃんが情報を手に入れられたんだもん。誰も知らないってわけはないよね?」
     リアの疑問に応じたのは、情報を入手してきたティアだ。
    「そうだな。……一部の学者は噂のレベルでならこの魔跡の存在を知っているはずだ。……だが、この森は奥深く魔物も強い。……公式的な発見に至ってない理由はそこだろう」
    「? ……どういうこと〜?」
     難しいよと眉をしかめるリアに同意するように、ぽちが鳴き声を上げる。ティアがその様子を見て、微かに目元を和ませたような気がした。
    「……魔跡の調査って、金がかかるんだよ。まず考古学チーム、魔術を使った罠もあるから魔術師のチーム、それからその一団の護衛チーム。それに機材費やそれを運ぶ人件費も必要だな。こういう厄介な場所にある魔跡は、それだけで手が出しにくい。かといって、財宝があるわけでもない魔跡を探す物好きな冒険者もいないだろうし。……魔術師なら探したいかもしれんが、単独でここまでなんて厳しいだろ」
     ティアの言葉を継いだウィルのセリフに、ティアが頷く。
    「……そうだ。魔跡に関心を持つのは、考古学者や魔術師、そして大きな力を得たいと思う者が大半だ。……だが、リスクが大きすぎる。……故に、この魔跡は当分調査の手は入らないだろうな。……正確な場所を知っているものは誰もいないのだから」
    「……ん? それにしては、僕ら、真っ直ぐに歩いてきたよね? ティアも正確な場所は知らなかったんだろ?」
     エレベーターに乗り込みながら首を傾げるリュカ。その腰に佩かれた剣が揺れて、かちりと小さな金属音を上げた。
     幸運なのか、嵐の前の静けさなのか。昨日、今日と魔物に襲われずにいる為、彼の剣の腕がどれほどのものなのか、確認するに至っていない。
    「ああ。そうだ。……場所を特定したのは、ウィルだ」
    「そういえば、宿でティアさんの情報を分析するって言ってましたよね? それですか?」
     ウィルは全員がエレベーターに乗ったのを確認してから、上昇のボタンを押した。がこんと一度大きな音がして、ゆっくりと動き出す。
    「ああ。……幻妖の森に魔跡があるらしいってことと、大体の方角の情報をもらったからな。あとは魔跡の特性……『魔力の吹き溜まり』の力を利用しているってことを考えれば、幻妖の森の『魔力の吹き溜まり』の箇所のデータがあれば、ある程度絞り込めるだろう。……条件に合う『魔力の吹き溜まり』はここだけだった」
    「……へぇ〜……。ウィルってすごいんだなー」
     感心したような視線を向けてくるリュカに、ウィルは頬をかいた。素直に褒められると何だかこそばゆい気がする。
    「……そりゃどーも」
    「あー、ウィルちゃん照れてる〜」
    「むぅ〜」
    「やっかましい!」
     あはは、とリアが笑ったと同時に、がこんと音がしてエレベーターが止まった。ゆっくりと、扉が開く。ソフィアの様子から、出会いがしらの魔物の襲撃はなさそうだと判断しつつ、ウィルは全員を振り返った。
    「……行くぞ。気を抜くなよ」

     崖の上は広場のようになっていた。半径二十メートルほどの円形の広場の奥に、魔跡が建っている。そして、魔跡と広場を守るかのように、周囲は岩の壁で囲まれていた。壁の高さは三メートル近くあるだろうか。それでも、風が通り抜けて、若干肌寒い。森の中にいる時は蒸し暑いと感じていたが、やはり高台にあるせいだろう。森が暑かったのは木々によって閉じられていた空間だったからだと感じた。
     周囲への警戒を怠らないまま、ウィルたちは入り口に向かって歩き出す。
    「な、何もいなさそうだね。……よかったぁ……」
     安堵したようなリアの言葉に、ウィルは内心首を振る。……その判断はまだ早い。それに、この広場の形状はまるで、闘技場のようではないか。
     その時、けたたましい警報音が鳴り響き、リアがびくりと跳ね上がった。同時に、ソフィアの顔色が変わる。
    「あ、安心させといてずるいーーーっ!」
     半泣きになるリアの前に自然な動きで身体を滑り込ませたティアが、目を細める。
    「ウィル。……扉の、横」
     よく見れば魔跡への入り口の横に、大きな鉄格子がある。それががらがらと上がり、そしてその奥から音がした。
    「……がっちょん?」
     ソフィアが首を傾げる。確かに、そんな音がした。
    「これって……遺跡を守る、えーと、ナイト?」
     リアの緊張した声と同時に、それはがっちょんがっちょんと音を立てながら、鉄格子の奥から彼らの前に姿を現した。
    「……機械の、蜘蛛!?」
     ティアの言葉通り、それは八本の足が生えた蜘蛛のようなロボットだった。それの頭の部分についたセンサーアイが、ウィルたちを捉える。
    「……初っ端からこれかよ。……随分期待できそうな魔跡だな」
     笑みが引きつっているのを自覚しながらも、ウィルは呟いた。中に眠っている力が強力であればあるほど、守りも強固になるのは当然の話だ。
    「う、うわーん。何か怖いよ〜」
     リアが泣き叫ぶのと、蜘蛛のセンサーアイがきらりと輝いたのは、同時だった。
    「……これは、もしかしなくても……」
     ソフィアが冷や汗混じりに、呟く。蜘蛛の足ががっちょんと再び音を立てて、動き出した。
    「標的、私達ですかぁーーーっ!?」
     それはそうだ。どうみても侵入者は自分達だけだ。蜘蛛のビジュアルに、ソフィアも若干思考に影響をきたしているらしい。
    「ったり前だっ!! 逃げろーーーーっ!!」
    「言われなくともぉーーーーー!!」
     突進してくる蜘蛛を叫びつつ避けるウィルとリュカ。一瞬、反応が遅れたリアをティアが抱きかかえ、跳躍した。
    「あ、ありがと! ティアちゃん!」
    「ん」
     短く応えたティアは着地すると、リアを地面に下ろす。蜘蛛は直線にしか動けないらしく、そのまま一直線に崖に向かって駆けて行く。
     そのまま崖下に落ちてしまえばいいのに、と誰もが思う。
     しかし、淡い期待は儚くも消え去る。蜘蛛は崖間際でぴたりと動きを止めると、ぐりんっとこちらを振り返った。蜘蛛の動きは軽く無視された設計のようだ。
    「……ここここ怖いぃぃっ! やだー、何アレ!?」
     リアが涙目で、ティアにしがみつく。リアとティアに挟まれたぽちがむ、と苦しそうな声を上げた。
    「……どうなってんだろうな、アレ」
     機械国の王子としては、構造がちょっと気になるウィルである。
    「知らないよっ! こんな局面でわくわくするなよ、機械馬鹿!!」
     リュカが神速の速さで突っ込みを入れる。突っ込まれるウィルという珍しい現象が起きた瞬間だった。

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