やはり、全員疲れていたのだろう。三人が朝食に揃ったのは、いつもよりやや遅い時間だった。
食堂にいる人達もまばらだ。大方の人々は既に食事を済ませ、宿を発ったに違いない。
「ふぁぁ〜……よく寝たぁ……。久々のベッドだったしー。一人部屋だし〜……。ちょっとフンパツだねぇ、ウィルちゃん!」
「そうですよね。……そ、そんなに報酬をいただけたんですか?」
「まぁな。当分旅費には困らないだろ。……どこぞの誰かさんが破壊活動しなければなっ」
「えっへへ〜。まぁ、ドンマイドンマイ」
「ちったぁ反省しろっ」
そんないつも通りと言えなくもない会話を繰り広げていた時だ。
「……あれ? 君たち……」
明らかに自分たちに向けられた声と視線に、ウィル達は顔を上げた。
「あ、昨日の人達だ〜」
リアがイチゴジャムをトーストにたっぷりと塗りながら、目を丸くする。
そこには、昨日の夜に共に戦った美女と少年がいた。名前は確かティアとリュカ、だっただろうか。
「あ……昨日は危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」
ソフィアが慌てて立ち上がり、ティアに向かって頭を下げる。そう言えば、昨日のごたごたで礼を述べていなかったことをウィルは思い出した。ソフィアを見習って立ち上がったウィルは、軽く頭を下げる。
「礼が遅くなってすまない。感謝している」
「いや。客人達に怪我がなかったことと、統率者を見抜いたのは君達の功績だ。私とリュカだけではどうにもならなかっただろう。こちらこそ感謝している」
軽く頭を横に振ったティアの見事な白髪に目を留め、ウィルは軽く目を細めた。昨晩銀色に見えたのは、会場の明かりのせいだったらしい。外の日の光の下で見れば、また違った印象を受けるのかもしれない。
「あ、ねぇねぇ。ティアちゃん、リュカちゃん。一緒にご飯食べよ? もっとお話した〜い」
「むぅ〜」
リアとぽちの鳴き声に視線を落としたティアはぽちに目を留め、注意して見れば気付けるんじゃないかというほど微かに目を見開いた。
「……可愛い子だな」
ぽそりと呟いた声が、先程聞いた声よりも若干高いような気がするのは気のせいだろうか。
「ありがと〜っ。この子ぽちっていうの。あたしはリア! よろしくねっ。ティアちゃん!」
「……ああ」
ティアの手がリアの頭を撫で、次いでぽちの頭を撫でる。
「……えっと?」
先程とは纏う空気が若干異なるティアに、ソフィアが不思議そうに首を傾げた。
「ティアは可愛いものと甘いものが好きなんだ。女の子だからねっ」
何故かここで力説するのはリュカである。何のアピールなのかよく分からない。
「……一緒に食べてもいいか? リュカ」
リアとぽちが気に入ったらしいティアが、同行者に確認をとる。
「ティアがそうしたいなら、僕は構わないよ。……でも、ちゃん付けはやめてくれないか!? まるで僕が子供みたいじゃないか! 小さい子に子ども扱いはされたくない」
「あ、あたしだって子供じゃないもん! それに……」
「リュカ、だっけ? お前、見た目どうみてもガキじゃねーか」
リアの言葉を、ウィルが引き継ぐ。リアがうんうんと頷いた。ウィルの言葉に、リュカはむっとしたように唇を尖らせた。瞳が、怒りに燃える。
「ガキじゃないっ! 僕は二十一歳だーーっ!」
その、言葉に。場の空気がびしりと硬直した。
「え、ええええええっ!?」
「むむぅ!?」
リアが素っ頓狂な声を上げるが、さすがにウィルも叱れなかった。
「に……にじう、いち……?」
ソフィアも呆然としている。リュカが真剣な顔でこくりと頷いた。
「そうだよ。そこの二人が何歳なのかは知らないけれど、少なくともリアよりは年上だよっ。……て、聞いてるのか!?」
目の前で眉をしかめる自称・二十一歳の言葉を、ソフィアとリアはもとより、ウィルもあんまり聞いていなかった。
三人の心中は計らずも全く一緒であった。
十五・六歳の美少年の容貌を持った成人が、目の前で首を傾げている。
少なくとも成人男性のする動作ではないと思った。しかも、似合っているのが恐ろしい。
ちなみに、ティアは騒ぎをものともせずに既に同じテーブルに着き、いつの間にか注文したらしい、フレンチトーストを無表情に頬張っている。
「あ、の。えーと、そ、そうですっ。自己紹介がまだでした! 私はソフィアと申します。で、こちらがウィリアムさん! よろしくお願いします」
ソフィアが無理矢理話題を変えた。
「僕はリュカ。リュカ=ソール=グレヴィ」
「私はクレール=エディンティア=エッジワース。……ティアでいい」
ウィルはまじまじとティアを見つめる。昨日から、何かが引っかかっていたのだ。
葡萄酒のような赤の瞳に、白い髪。月に喩えられるかのような容姿。霞がかっていた記憶が晴れていく。
「ん? 何だ?」
高速でフレンチトーストを食べ終えたティアが、ウィルの視線に気付いて顔を上げた。
「はっ。……もしかして、ティアに惚れたとか言うんじゃ!? だ、だめだだめだっ! ティアは僕がっ」
「ええ〜!? ウィルちゃん、そうなのっ!?」
「き、気付きませんでした……」
勝手な妄想で暴走しだすリュカに、悪乗りするリア。そして真に受けるソフィア。ウィルは冷めた視線を三人に送った。
「馬鹿か、お前ら。んな訳あるかっ」
「なーんだ」
「何だとぅ!? そんな訳あるかって、ティアはすっごく素敵なんだぞ! 何でなんとも思わないんだーーっ!!」
心底残念そうにするリアの横で、リュカが絶叫する。
「やっかましいわ! じゃあ、何だ! お前は俺にティアに惚れろとでも言うのかっ!?」
「それは駄目だーーーっ!!」
「お前は俺に何を求めてるんだっ!!」
リュカに叫び返し、ウィルは息を吐いた。このままでは話が全く進まない。
視線を上げると、当のティアは淡々とレアチーズケーキを食べていた。自分が話の中心だと分かっているのだろうか。
ウィルは一度咳払いをする。
「……あんたの容姿と、白い髪に赤い瞳……。妙に引っかかってたんだけど、ついさっき思い出した」
ウィルの言葉に、ティアとリュカが小さく反応する。ウィルは構わずに言葉を続けた。
「クレールは、オートクレールって武器からもらったんだろう? ……白のヴァルキュリア」
場の空気が一瞬、凍りついた。