凍りついた空気の中、ウィルは平然とコーヒーを口に運ぶ。事情が分からないソフィアとリアは、ウィルとティアを見比べておろおろするのみだ。
我に返ったティアの視線が僅かに険しくなるのを見て、ウィルは満足げに笑みを浮かべた。
彼女の反応が、自分の記憶と推測が正しいことを物語っている。
「……正解、だな」
「……君、どこまで……知ってるんだ?」
リュカの呆然とした呟きに、彼はティアの事情を知った上で一緒にいるのだと知った。
「……ねぇ、ソフィアちゃん。白のヴァルキュリアって?」
「さぁ……? ヴァルキュリアは……確か、戦乙女だったと思うんですけど……」
場の空気を慮ってか、小声で会話をするソフィアとリア。
そうヴァルキュリアは「戦乙女」「戦女神」と呼ばれる戦場にて死を定め、勝敗を決する存在だ。
ティアがそんな会話を交わす二人にちらりと視線を走らせたのを確認しながら、ウィルは意識的に笑みを浮かべる。
「ティールズのブラント家。……まぁ、これ以上はここで言うことじゃないだろう。……あんまり険しい顔してると、注目浴びるぞ?」
ただでさえ、ティアとリュカは人目を引く容姿をしているのだ。
「……その二人には、話していないのだな?」
ティアの言葉は疑問の口調を取ってはいるが、それは確認だ。ウィルは何も言わずに薄く笑う。それが答えだ。
「……用件は。ここでこんな会話をするんだ、私に用があるんだろう?」
「話が早くて助かる。……頼みたいのは情報収集だ。情報網は健在だろ?」
ティアが小さく頷いた。そのどこか緊迫したやり取りを、ソフィアとリア、そしてリュカは黙って眺めている。
「内容は?」
「この近辺の、公式的に未発見・未発掘の魔跡。……公にされていない魔跡の情報は、さすがにお手上げでな」
ティアは不思議そうに首を傾げる。
「……何故、そのような情報を?」
「ちょっとソフィアが呪いのアイテムを装備してな。現存の魔術じゃ解呪できない厄介なヤツなんだ」
「……なるほど。だから未だ人の手の入っていない魔跡というわけか。……分かった、引き受ける。しかし、条件がある」
ウィルは小さく笑った。
「内容は想像がつく。……了解だ」
ティアが初めて笑みを浮かべた。それはほんの微かなものではあったけれど。
「話が早いな。……この流れは全て計算どおり、か。恐れ入る」
「いや。……あんたの頭の回転が速いからだろ」
「……あの〜」
ウィルとティアの会話に、ソフィアがおずおずと入り込んだ。
「……さっぱり話が分からないんですが」
「……まぁ、そうだろうな」
今回はソフィアにもリアにも前情報は一切与えていない。これで話が分かっていたら、逆に驚く。
「僕も途中から分からなくなった……」
リュカがしゅんと肩を落とす。
「……そうだな、じゃぁ要点だけさくっと話す。ティアが未発見・未発掘の魔跡の情報収集をしてくれることになった。案内も兼ねて旅に同行してくれるそうだ。以上」
「え? ティアちゃんが? ……え? 今のお話のどこでそんなこと言ってたの?」
リアが分からないと首を傾げれば、ぽちも一緒に首を傾げ、ウィルの言葉の内容にリュカが目を剥いた。
「何ぃ!? ティアが行くなら僕も行く!!」
拳を握り締め、声高に宣言した。
「絶対一緒だからな! ティア!!」
熱過ぎるほどに熱い言葉である。だが、ティアは小さく頷いて、一言。
「そうか」
出会って数時間程度のウィルにも、リュカの想いは明らかである。その気持ちを無視しているというよりは、ティアの反応は「分かっていない」に近いんじゃないかと感じる。想いは清々しいくらいに一方通行だ。しくしくと泣き崩れるリュカに救いの言葉がかけられる。
「リュカは強いからな。頼りにしている」
瞬時にリュカは復活した。親指を立て、輝かんばかりの笑顔をティアに向ける。
「まっかせて!」
幸せな男だと、ウィルは心底思った。
「……時間が掛かるが?」
「分かってる。それは承知の上だ。時間のことは気にしなくていい。それより確実なヤツを頼む」
「了解した。……では、行ってくる」
「ああ」
一連の会話を、ソフィアが考え込むような表情のまま、見守っていた。
ウィルは宿の部屋で、収集した情報に目を通す。その情報量の少なさに、思わず息を吐く。パソコンが使えないということはないが、やはり機械を使っての情報収集に無理が出るようになってきた。そもそも、情報がネット上に提示されないのでは、意味がない。
「出てくるのは観光スポットばかり、か……。ティア待ちだな」
そういえば、魔術図書館に向かったソフィアの方はどうだろうとふと考えたと同時に、小さなノック音が響いた。
「すみません、ソフィアです」
予期せぬ人物の訪問に、ウィルは微かに目を丸くした。
「開いてるぞ。……何かあったか?」
入ってきたソフィアの表情に、ウィルは微かに眉をしかめた。
「いえ。……あの、ウィルさんにお伺いしたいことがあるんです」
その神妙すぎる表情に、ウィルは思わず眉をしかめた。