何かが落ちた音は嫌に印象的で覚えている。何かが落ちた、とは思ったがそれを髪飾りだとは認識していなかったし、落ちたことにも気付いていなかった。
それだけ必死で、彼の無事のことしか見えていなかったのだと思う。
ウィルの手が伸びた時も、何が起こったのか分からなくて。
おろおろとしていたら、ウィルが吹き出した。
――……正直、反則だと思う。
普段笑わない人が笑うって、物凄く攻撃力が高い。
その威力の高さに、反射的に頬が赤くなったのだって仕方がないはずだ。
色々なことがありすぎて、混乱しすぎて。零れ落ちそうだった涙はいつの間にか引っ込んでしまっていた。
声をかけられても、ソフィアの口から零れるのは意味のない単語ばかりだ。
笑いを収めたウィルは、一瞬、不思議なものを見たような、そんな表情をして。
「……悪かった」
そんな言葉を言われるとは思わなくて、ソフィアの口から出た言葉は、自分でも間抜けすぎると思うものだった。
「……はい?」
「……お前があの事をそんなに気にしてるとは思わなかった。……心配かけて悪かった。その件については謝っておく」
「えっと……でも……」
しかし、ウィルが怪我をした件だって、元を正せばソフィアが悪かったはずだ。あの時、彼は周りが見えなくなっていたソフィアを庇って怪我をしたのだから。
そう言えば、ウィルは小さく眉をしかめる。
「だから、その件は別に責めてねーって言ったろ。それに俺が謝ってんのは、心配かけたことに対してだし。それとこれとは別だろう」
そうだろうかとソフィアは思うのだが、ウィルの中ではそれで片付いているらしい。しっかりと割り切ってしまう辺りがウィルらしいと思った。少なくとも、ウィルの中ではそれで片付いてしまっているのだ。
後はソフィア自身がどう折り合いをつけるかの問題だ。話を蒸し返して、彼を不快にさせる必要はない。
こくりと頷くと、ウィルの表情が神妙なものになる。
「ただ、前言撤回するつもりはないぞ。……お前が無事だったのは結果論だ」
「……はい」
ソフィアはこくりと頷いた。ウィルの言葉は先程から正論だと思うものばかりで、感情で動いてばかりのソフィアには否定することは出来ない。
また、周りが見えていなかった。ウィルが無事でよかったとは思うし、後悔もしていないけれど。
ウィルにとってはソフィアの行動は、間違っていて今度こそ呆れられたかもしれない。そう思えば、心が沈んだ。
だから、心を読まれたかのようなウィルの言葉にどきりとする。
「……間違った行動だとは言えないかもしれないけどな」
「……え?」
「……助かった。……ありがとう」
やや照れくさそうに、口早に礼を告げる彼は、そう言うとふいっとソフィアから視線を逸らした。
敵わないと思うのは、こんな時だ。
不安な時には手を差し伸べてくれて、間違っていれば叱ってくれて。みっともないところを見せても、弱音を吐いても。全てを否定するわけではなく、受け入れてくれる。
そんなに年の頃は変わらないはずなのに、時々ウィルを遠くに感じる。大人なのだと思う。
このままでは駄目だと思う。助けられてばかりで、本当にウィルが自分の保護者のようではないか。
そんなのは嫌だ。助けられているばかりじゃ駄目だ。ウィルがソフィアを助けてくれるように、ソフィアだってウィルを助けたい。対等でありたいと思うのだ。
どうして、そんなことを願うのかは、まだ分からないけれど。
感謝の気持ちとか、恩返しをしたいという気持ちののほかに、何かがあるような気はするのだけれど。それでも。
「……ウィルちゃんてば、そこはぎゅーっとソフィアちゃんを抱きしめるとかしないとっ」
いきなり割り込んできたリアに、ソフィアとウィルはぎょっとする。
特に、自分の思考に入りかけていたソフィアは肩を跳ね上げるくらいに驚いた。
「は?」
「せっかくソフィアちゃん可愛いんだしっ。ここはぎゅっとしないと。ホラ、ぎゅーっ!」
「むぅぅぅ〜」
「あ、アホかっ!」
若干、ウィルの耳が赤くなったのは気のせいだろうか。
ソフィアの頬だって負けずに赤くなっていたりするのだけれど。
「あ、そうだ〜。あのね、フェスタ伯爵がお話がありますーって」
今の自分達の雇い主である。呼ばれたのならばすぐに行かなくてはならない。
「っそう言う事は早く言えっ!」
ウィルはびしりとリアの額を弾くと、足早にフェスタ伯爵の元に向かう。
統率していた魔物を見抜いた功績と、招待客を防御壁で怪我一つなく守りぬいたこと。魔物の群れに怯むことなく立ち向かったこと。それから、お互いを助け合う姿勢に感動したことなどが長々と詩的に告げられ、最終的に三人が受け取った報酬が当初提示されていた金額よりも二倍近く多い額だったということは、幸運なことだろう。
伯爵の話が長すぎてウィルがげんなりしていたとか、リアが理解できずに飽きてしまい半分寝ていたことなどは、また別の話だ。