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    記憶のうた 第四章:心もよう(5)

     ウィルが指差した先。天井近くに小さな影が浮いている。
     ウィルの言葉に刹那に応じた美女が、鋭いモーションでフォークを投げつけた。その魔物は慌てたように地上近くに回避する。
    「む、避けるか。やるな」
    「では私が火の魔術でっ!」
    「やるな馬鹿! 火事になるっ!」
     やる気一杯、拳を込めて宣言したソフィアに、ウィルはびしりと突っ込んだ。
    「あ。じゃああたしが火の聖霊召喚する〜」
    「だからやめろってんだろーがっ!!」
     遠くで右手を振り上げ存在を主張するリアにも律儀に突っ込みを入れつつ、ウィルは銃を撃った。弾は狙いたがわず、魔物の持つ杖を弾き飛ばす。
    「リュカ」
     美女の呼びかけに動いたのは、先程この女性と共にフェスタ伯爵を護衛していた、金髪碧眼の少年だった。その手には何故か半渇きのモップが握られている。武器の代わりなのだろうとは思う。たぶん。
     けれど、その微妙なセレクトは何なのだろうか。もっと燭台とか、武器代わりになりそうなものはあるだろうに。しかも、半渇きであるところに、そこはかとなく悪意を感じるような気がするのだが、魔物が相手では穿ちすぎた考えかもしれない。
    「任せて、ティア! 僕の愛はこんな奴には負けないっ!」
     何言ってるんだ。痛いなこいつ。戦闘中のセリフとは思えない少年の言葉に、ウィルは思わず半眼になった。
     少年がモップを振りかぶる。同時に少年の体から金の光が発生し、モップに光が収縮した。モップが黄金色に輝く。
    「な、何だ!?」
    「光気……。あの人、太陽の一族……ソールですよっ!」
     ソフィアの言葉にウィルは記憶を辿る。光の力を操る一族。はるか昔、闇をその身に宿る光で払った英雄の末裔だというその一族は、光を纏う様子を太陽に例えられた。故に、その一族を太陽の一族、もしくは英雄の名をとってソールと呼ばれるのだ。既に滅びたと思われていた一族だ。
    「覚悟しろっ! 閃光滅砕破っ!!」
     叫んで、金色のモップを振りぬく。本来ならば、物語の挿絵になるくらい格好良い場面なのだろうが、持っているのはモップである。格好悪いを通り越して、間抜けすぎる光景だ。
     しかし、威力はあったらしい。モップより放たれた光が、避ける間もなく魔物を包み、一瞬で消滅させたのだ。
     同時に今まで操られていた魔物が、形勢不利と見たらしく、散り散りに逃げ出した。ウィルは安堵の息を吐き、構えていた銃を下ろした。
    「ティアー!! 僕やったぞっ!!」
     ぶんぶんとモップを振って満面の笑みで報告するリュカと呼ばれた少年に、ティアと呼ばれた美女は淡々とした表情でこくりと頷いた。
    「ん。お疲れ」
     色々な意味ででこぼこなコンビである。
    「良かった……。皆さん、無事ですね」
     魔術を解除しほうっと息をつくソフィアに、ウィルは銃の安全装置をかけホルスターに収めると、くるりと向き直った。
    「? ……ウィルさん?」
    「お前、怪我は?」
    「あ、大丈夫です」
    「そうか。……なら」
     ウィルはすっと息を吸って一拍置いた。不思議そうな顔をしたソフィアをぎっと睨みつける。
    「お前はっ何やってんだよ、この馬鹿!」
     ソフィアの肩がびくりと跳ね上がった。
    「で、でも……だって!」
    「だってじゃねぇっ! あの時、お前は客人を守るための防御結界張ってたんだぞ!? お前に何かあれば客に被害が出る可能性が高まる。分かってるはずだよな?」
     分かっていたはずだ。だからこそ、彼女は一歩下がった位置にいて、戦闘にも参加しなかったのだから。
    「それは、そうですけど……」
    「じゃあ、あの行動はなんだ。わざわざ自分から危険に飛び込みやがって……」
     しかも、あのタイミングであの場所に飛び出したのならば、ソフィアはあの攻撃に気付いていたはずなのだ。それを、なぜわざわざ自分から危険に飛び込んでまで、ウィルを庇うようなまねをしたのか、ウィルには理解できない。
    「で、でも……。この前は、ウィルさんが庇ってくれたじゃありませんかっ」
    「そん時は、お前が無事なほうが全員の生存確率が高いって判断したからだっ。今日とは状況が違うだろうがっ!」
    「で……でも……」
     ソフィアの顔が泣きそうに歪んだ。
    「あんな風にウィルさんが怪我するのを見るのは、もう嫌なんですっ!」
     ウィルは瞳を瞬かせた。叫んだソフィアは、小さく俯いてしまう。
    「嫌です。あんなの……。もし、またあんな事が起こったら……助けられなかったら……。そう思ったら、私っ……」
     あの一件は、ウィルが思っていた以上にソフィアの中でトラウマになっていたらしいと知った。
     今日のソフィアの行動は決して褒められたものではない。だが、責任の一端は自分にもあるのかもしれないと気付いてしまえば、怒るに怒れない。
     ウィルは複雑そうに息をついた。そして、足元に落ちていた真珠の髪飾りを拾うためにかがみこんだ。髪飾りを手にすると、しゃらりと澄んだ音がした。
    「……あー。泣くなって。化粧落ちるぞっ」
     拾い上げる際に見えたソフィアの瞳は限界まで潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。ぎゅうっと握り締めた手が微かに震えているのは、涙を堪えているせいなのか、それとも恐怖を思い出したせいなのか。残念ながらウィルには分からない。
    「泣いてませんっ」
     俯いたまま言われても、説得力は薄い。
    「嘘付け」
     ウィルは呆れたように呟きつつ右手を伸ばして、ソフィアの頭に触れた。しゃらりと小さな音に、ソフィアが反射的に視線を上げる。髪飾りを元の位置に戻して、ウィルはそっと手を離す。
    「……え?」
    「落とすなよ、借り物だろ」
    「あ……はい。……えっと、あの……」
     ソフィアは瞳を瞬かせて、ウィルを見た。今何が起こったのか分からないらしい。
    「髪飾り」
    「え? あ、落ちてました!? す、すみませんっ!」
     気付いてなかったらしい。挙動不審になるソフィアに、ウィルは小さく吹き出した。泣きそうになったかと思えば慌てだして、忙しい奴だと思う。
    「なんつー顔してんだ」
    「え……うあ……」
     よく分からない声をソフィアが上げた。何だ今の声はと見ると、ソフィアの頬が薄く紅潮している。その反応の意味が分からなかったが、ウィルが言葉にしたのは別のことだった。

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