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    記憶のうた 第一章:旅立ちの日に(5)


     食事を終えた二人は、食後のお茶を飲んでいた。ウィルはブラックコーヒー、ソフィアはミルクティーだ。
     一息ついたウィルは椅子の背もたれにかけていたディパックからノートパソコンを取り出し、起動させる。メールソフトを起動させたウィルの表情が引きつった。
    「ど、どうかしましたか?」
     ソフィアの問いに、ウィルは何とも言えない苦笑いを浮かべる。
    「……いや、まあ、ちょっとな。……たいしたことじゃない」
     そう言うウィルの視線は、画面上の二通のメールの差出人の上で止まっている。一つ目は兄からの、二つ目は母からのメールだった。
     恐る恐る開いてみると、二人ともメールの文章はえらく長かった。兄からのメールは要約すれば『出国手続きの履歴の中に君のデータがあったんだけど、どこ行くの?』で、母からのメールは『こんな夜遅くにどこほっつき歩いてるの、馬鹿息子!』だ。
     ちなみに時間は九時ちょっと過ぎたくらいで、ウィルは現在十九歳だ。確かに王位継承権のある王族が一人で歩き回るのは問題があるだろうと、自分でも思う。
     しかし、十九の男が夜九時に『夜遅くに云々』とお叱りのメールを戴くと、何だか物悲しい気分になった。
     とりあえず返信しないとまずそうだと高速で返信メールを打ち込み、送信する。どっと疲れを感じ、ウィルはため息をついた。
     今日は本当にため息をつきっぱなしだ。
    「……ほ、本当に大丈夫ですか? 具合、悪いんですか?」
    「……大丈夫だ、本当に」
     真剣に心配するソフィアの気配を感じ取って、ウィルも真面目に応える。ならいいですけど、とソフィアは呟き、それから小首を傾げた。
    「……そういえば、ウィルさんは何をしてらっしゃる方なんですか?」
     そう尋ねられて、ウィルは初めてソフィアに自身のことを何一つ語っていないことに気がついた。これでよく彼女は自分についてくる気になったものだと思う。
     そして、森の中ならいざ知らず、こんな公共の場でガジェストールの第二王子だなどと名乗るわけにはいかなかった。
     どこに耳やら目やらがあるかは分からないのだ。
    「……システムエンジニア、だな」
     嘘ではない。公務の内容の大半はコンピュータ関係だし、システムエンジニアとしての腕は国内ではトップに近い。
    「お、お仕事は大丈夫なんですか?」
    「まぁ、大丈夫だろう」
     ちょうど作らなければいけないプログラムを作り終えた後だったのが、幸いだ。国政に関わることで新しくプログラミングしなければいけないことは半年先までないはずだ。緊急の用事があればメールが入るはずだし、優秀なシステムエンジニアはウィル以外にも何人もいる。
    「……ご迷惑をおかけします」
     改まってソフィアが頭を下げてきた。改まって言われると何だか照れくさい。ウィルはソフィアから視線を逸らす。
    「気にすんな。……それより、明日からどうするか決めるぞ」
     顔を上げたソフィアが微笑んで頷く。
    「はい。……で、どうするんですか?」
    「……お前もちょっとは考えろよ」
    「は〜い。……まずは物資の調達ですよね?」
    「そうだな。手ぶらじゃさすがに無理だろ」
    「そうですよね。…それで、それからどうしましょう?」
     ウィルはキーボードの上に指を走らせ、この近辺の地図を表示した。
    「……テーゼルは三つの国と国境を接している。北はガジェストール。西にベルケス。南がユスノア」
    「クラフトシェイドは南の国ですから……ユスノアに向かうんですか?」
    「大まかには、そうだな。クラフトシェイドで古代術の研究所に行く必要はあると思う。……けど、正直言ってその指輪の解呪の術があるかって言うと、可能性は薄いと思う。古代術は発見されてなかったり解明されていない術の方が多いらしいからな。……だとすると、自分たちで術を捜しつつクラフトシェイドに向かったほうが効率はいいと思う」
     ソフィアが一口、カップに口をつけた。
    「……魔跡、ですね?」
     ウィルは小さく頷いた。
     各地に点在する古代文明の建造物は二種類のタイプに分類される。遺跡と呼ばれるものと魔跡と呼ばれるものだ。
     前者は金銀財宝が眠るもの。後者は古代術や魔術を使用した道具、そして強力な魔物が封印されていたりするものだ。両者ともトラップが満載なのは同じだが、魔跡には魔力がないと解除できないものや、魔力によって起動する装置が多いのが特徴である。
    「そうだ。レフェルトの南西にミルネスって街がある。テーゼルの交易都市として有名でな。ガジェストール、ユスノア、ベルケスから伸びる道が交差する街なんだ。まずはそこでこの国の魔跡について調べる」
    「了解です! ……そう言えば、ガジェストールには魔跡ってないんですか?」
    「ああ。全くない。数年前に大規模な調査隊組んで、国の隅から隅まで捜したが成果はゼロ。……元々、魔跡ってのは『魔力の吹き溜まり』を利用して建築されている事が多いからな。『魔力の吹き溜まり』が乏しいガジェストールじゃ少ないだろうとは思っていたんだが……」
     ウィルはコーヒーを口に運びながら、すらすらと語る。
    「あれ? ……でも私が倒れていたのって『魔力の吹き溜まり』ですよ? あの場所に魔跡があってもおかしくはないはずです」
     ウィルは楽しげに小さく笑みを浮かべた。
    「……古代文明が栄えたとされる時代、あの近辺は海だったと地層調査で解明されている」
     ソフィアが感心したようにぽかんと口を開けた。
    「そうなんですか〜……詳しいですね、国の調査についてまでご存知だなんて」
    「……まぁな。情報収集は得意なんだ」
     ウィルは内心ぎくりとしつつも、平然とそう返した。その時、ソフィアが小さく欠伸を噛み殺し、小さく謝った。
    「……そろそろ休むか」
    「……そうですね。へとへとです……」
     ソフィアが苦笑を浮かべ、二人は同時に立ち上がった。
     本当に長い一日だった。今日は夢を見ることなく深い眠りにつくだろうと思いながら、ウィルたちは部屋に向かう。
    「それでは、おやすみなさい」
    「おー、おやすみ」
     ソフィアの声に応じて部屋に入り、そして気付く。
    「……家族以外におやすみとか言うの初めてじゃないか?」
     異様に長くて、変な一日だった。そんな感想を抱きながらもウィルはシャワーを浴びて、床に就いたのだった。

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