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    記憶のうた 第二章:めぐり逢う世界(1)


    「わぁ、いい天気です! 旅日和ですよ、ウィルさん!」
     ホテルから出たソフィアが気持ちよさそうに伸びをした。つられてウィルも空を見上げる。確かに、真っ青な空が視界いっぱいに広がっている。
    「まずは買い物、ですねっ」
     どこかそわそわと落ち着きのないソフィアを、ウィルは半眼で見た。
    「そうだけど……。店の中で迷子になるなよ」
     あまりの落ち着きのなさについ口を出た忠告だったが、ソフィアには不満だったらしい。むっとしたように眉を寄せる。
    「ひどいです、ウィルさん! 私を何歳だと思ってるんですか!」
     ウィルはソフィアを見て首を傾げた。
    「……何歳なんだ?」
     訊かれたソフィアも困ったように首を傾げる。
    「ええと……何歳でしょう? じゅ、十六? 十七、くらい? ……って女性に年齢訊くなんて失礼ですよ!」
    「お前が先に訊いたんだろ」
    「うう、そうでした。……ちなみにウィルさんのご年齢は?」
    「十九」
     短い返答に、何故かソフィアが落ち込んだ。何か色々と思うところがあるらしい。何事か小さく呟いており、微かに内容が聞こえてくる。
    「……三年。あと三年で……こんな落ち着いた人になれるんでしょうか……?」
     無理っぽいなと思ったが、顔にも声にも出さずにウィルは別のことを口にする。
    「なーにぶつぶつ言ってんだ。行くぞ!」
    「……はーい」
     ちなみにこの後入った百貨店でソフィアが案の定迷子になりかけ、ウィルに叱られたというのはまた別の話だ。

     レフェルトを出た先に広がる、草原の海。
    「うわぁぁ〜」
     感嘆の声を上げるソフィアの横で、ウィルも息を呑んでいた。
     外交でこの国を訪れたことはあったが、当然の如く乗り物の窓越しにしか景色を見ることはなかった。国も何も関係なく訪れたテーゼルはひどく広くて自由だと感じる。
    「何だかうきうきしますっ」
    「……気を抜くなよ。魔物だって出るんだからな」
    「分かってますっ」
     ソフィアはレフェルトで買った杖を抱えなおして頷いた。微かに頬が紅潮しているのは気分が高揚しているせいだろう。
    「ミルネスまではどれくらいかかりそうなんですか?」
    「レフェルトとはそんなに離れてないはずだ。遅くとも夕方には着くだろ」
     そうですかと頷き、ウィルの横を歩いていたソフィアが、いきなり足を止めた。
    「……ソフィア?」
     その表情が緊張を帯びているのを見て取ったウィルも、足を止めホルスターの銃に手を伸ばす。
     同時に殺気が走った。
     ウィルたちの前に飛び出してきたのは、ガジェストールで遭遇したものよりも一回り小さいタイプの狼型の魔物だ。その数十匹。この魔物は常に群れで動くのだ。
    「……多いなっ」
     小さく舌打ちをした。射撃の腕はそこそこだとは思うのだが、何しろ数が数だ。これだけの数を対応できるとは言いがたい。
     はっきり言えばウィルはそれほど強いわけではない。元々インドア派で体力は皆無だし、体術もからきしだ。射撃の腕も、他の戦闘術が護身術レベルにすらならないことを自覚しており、せめて自身の身くらいは守れるようにと鍛えたからに他ならない。おかげで、動体視力と瞬発力は上がったが。
    「ソフィア、魔術。……今度は外すなよ」
    「は、はい!」
     ソフィアの返事と同時にウィルは三度トリガーを引き、魔物の足を狙撃した。足止めと威嚇だ。ソフィアが呪文の詠唱を開始する。
    「重力の楔よ、彼の者たちを戒め裁きの鉄槌を下せ! グラヴィティ!」
     魔力が放たれる。魔物たちは重力に押さえつけられ、身動きひとつ取ることができない。やがて重力の檻の圧力に負け、押しつぶされた。
    「わぁい、やりました〜!」
    「っっっやりました〜じゃねぇぇぇぇっ!」
     喜ぶソフィアの額に電光石火の速さででこピンがとんだ。
    「ひゃっ!?」
    「てめー俺の足元見てみろっ!」
    「え? ……あ」
     確かにソフィアの魔術は魔物たちを全滅させていた。そしてその魔術が展開したのは、ウィルのつま先から五センチ前方でのことだった。その証拠に、ウィルの少し前方の地面が五センチほど陥没している。
    「俺の鼻先で魔術を展開させるなぁぁぁっ! って言うか何なんだお前っ! 感電死の次は圧死か!? お前暗殺者か!?」
    「ご、ごごごごごごめんなさいぃっ!」
     王子にあるまじき険しい形相をするウィルに、ソフィアは既に涙目だ。
    「わ、わざとじゃないんですっ! ……ただ、あの……昨日から薄々感じていたんですが……魔力のコントロールが出来ないみたいで……」
     ソフィアのあまりにもあまちな告白に、ウィルが半眼で呟く。
    「うわ……役に立たねー……」
    「うう……た、確かに……」
     ウィルの言葉に自身も納得してしまったらしく、落ち込むソフィア。
     ウィルは疲れたため息をついた。
     魔物よりも味方の方が恐ろしい気がするのは、悲しいことに気のせいではない。

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