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    記憶のうた 外伝 巡る雨〜記憶:悲しみの雨(5)


     ティールズの街の側に生い茂る森。その奥深くに、裏の世界で名高い、バリー率いる『万屋』のメンバー達が眠っている。各々の愛用の武器を墓標に変えて。
     森中を漂っていた生臭い臭気は、惨事の後の冷たい雨によって既に消えていた。
     そして、リュカも今日。
    「長々とお世話になりました」
     リュカはそう言って深々と頭を下げた。ブラント家の面々はそれぞれとても残念そうな顔をした。
    「リュカお兄ちゃん、本当に行っちゃうの?」
     寂しそうな表情で縋りついてきたフェリスに、リュカは小さく苦笑して、頭をひとつ撫でた。
    「うん、ごめん。……そろそろ、行かなきゃ。楽しかったよ、フェリス。本当の弟が出来たみたいだった」
    「僕も! 本当のお兄ちゃんみたいで、嬉しかった! ……また、会える?」
    「この街に来たら、絶対遊びに来るよ」
     そう言って微笑んでみせれば、フェリスは瞳を潤ませながらも笑い、そっと右手の小指を突き出してきた。
    「……約束」
    「うん。約束」
     リュカはにっこりと笑ってフェリスの小さい小指に自分の小指を絡め、軽く二回振った。
    「リュカ君。……長く引きとめてしまって、悪かったね」
     そう言ってフェリスに視線を落とし苦笑するフレデリックに、リュカは小さく首を振った。
    「いいえ。僕は……家族を亡くしているので、嬉しかったです。ありがとうございました」
    「……そうか」
     フレデリックが小さく微笑み、イヴァンジェリンがそっとリュカの両手を取った。
    「あなたの旅路が幸多からん事を、この地からお祈りいたします。……お気をつけて」
    「ありがとうございます。……皆さんも、お元気で」
     笑顔と会釈を残し、リュカはブラント家の屋敷を出た。優しい家族は、リュカが門を出て最初の角を曲がるまで、玄関先で手を振って見送ってくれていた。
    「……会わなくて、良かったの?」
     角を曲がった先で足を止めたリュカは、角を曲がった先に立っていた自分よりも長身の、赤い瞳の少女に尋ねた。少女はすっと目を細めた。
    「……今更出て行ったところでどうなる。彼らの心を乱すだけだ。……元気なら、それでいい」
    「そっか」
     そして、何故か二人は並んで歩き出した。
    「あれ? 君、僕についてくるの?」
     意外に思って目をぱちくりとすれば、少女は重々しく頷いた。
    「当然だ。リュカは、私の正体を知ってしまった。放置しておくわけにはいかない」
     淡々と紡がれたその言葉に、リュカはぴくりと片眉を上げた。
    「ばらしたらただじゃおかないぞ、ってこと? 怖いなぁ」
    「それも、当然だ。……私は、生きなければならない。私が奪ってしまった命の分まで、苦しんで生き抜かなければならないんだ。……そうでなければ、死んでから親父殿に怒られそうだしな」
     それが、彼女があの雨の森の中で出した結論だった。
    「そっか。……僕は、手強いよ?」
    「……望むところだ」
     そう言ったティアの口元が、仄かに笑みを滲ませた。
    「……っ!?」
     リュカの頬に、かっと血が上った。
    「……どうした、リュカ。顔が赤い。……風邪か?」
     雨に打たれたしな、と真面目に呟くティアに、リュカははっと我に返った。
    「ち、ちっがーう!」
    「そうなのか? だが、子供は無理をしてはいけないぞ? そこで休むか?」
    「こここ子供? 僕、君より三歳も年上なんだけどっ!?」
     赤い顔のまま怒れば、ティアは本気で驚いたような顔をした。
    「では……二十歳、なのか……?」
    「もうすぐだけどね!」
    「そうか……それは、失礼した。……世の中、分からない事だらけだな」
     そう言ってしみじみと頷くティアに、リュカは頬を染めたまま、唇を尖らせた。そういった動作が、彼を余計に幼く見せているのだが、リュカはそのことに気付いていない。
    「しみじみ言わないでよっ! 何か、悲しくなるじゃんか! ……えっと」
     そうして、リュカは呼んだ。彼女の産みの親と育ての親。両方の親がつけた名前に通じる愛称を。
    「ティア!」
     ティアが一瞬呆けたような顔をして、それから、再度微笑んだ。リュカは顔が赤くなるのを自覚しながらも、笑顔を返した。
     この街に着てから曇天続きだった空には、久しぶりの青が広がっていた。
    「ねぇ、ティア。……止まない雨なんて、ないよね?」
     リュカの質問の真意を汲んだのかは分からない。だが、ティアは穏やかな表情で、頷いた。
    「ああ。……いつか、日が差すさ」
     そう。どんなに雨が降り続いたとしても、やまない雨なんてないから。
     この街に着いたときは、絶望の中にいるような気分だったリュカは、心に光が差したのを自覚しながら、ティールズの街を旅立った。

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