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    記憶のうた 外伝 巡る雨〜記憶:追憶の雨(5)


     バリー達の待つ森に向かう途中、ティアはブラント家に滞在する少年に関する情報を集めた。
     彼の名は、リュカ=ソール=グレヴィ。旅の剣士で、偶然魔物に襲われるブランド家を救ってから、あの一家に気に入られて屋敷に滞在しているとのことだった。
    「リュカ……か」
     名を呟けば、先程の会話が脳裏に蘇った。
     何故、自分はあんな事を口走ってしまったのか。問われたことは想定内の内容できちんと答えは用意してあったはずなのに、気付けば違う言葉を紡ぎだしていた。
    「幸せか知りたい、などと……。馬鹿げている」
     本当に馬鹿げた話だ。本当の意味で幸せを知らない自分が、何故他人の幸福を知りたがるというのだろうと思った。
     その馬鹿げた考えを振り払おうと、ティアは軽く頭を振った。
     その動作も普段の彼女らしくないということに、ティアは気付かなかった。
     街の門を出て、すぐ側に生い茂る森に入った。迷うことなく奥に進んでいけるのは、そこかしこに『万屋』のメンバーだけが判る導があるからだった。
    「お〜う。ティア。おっかえり〜。ブライント家はどうよ?」
     最早ここが自分の家なのではないかというくらいくつろいだバリーが、最初にティアの気配に気付いて声をかけた。気を抜いているように見えて、その警戒範囲は誰よりも広いのだと、改めてバリーの実力を思い知らされる瞬間だった。
    「……ブラント家に、現在旅の剣士が滞在している。かなりの腕前のようだ。彼の実力が測りきれていない現段階での速やかな任務遂行は、難しいのではないかと思う」
     すらすらと偵察結果を述べた。どんな状態であろうとも客観的に物事を捉えることができるのは、彼女の長所であり、短所だ。
    「ふーん。なるほどねぇ。……ちなみに、お前はそいつがどんくらい出来ると踏んでるんだ?」
     どこで買ったのか、するめを齧りながら尋ねるバリーに、そんな匂いの強いものを食べたなら、どっちにしろ今日中の任務遂行は難しかっただろうと思いながら、ティアは考え込んだ。
    「噂では……二匹の魔物を瞬殺したらしい。私もしばらく彼の様子を見ていたのだが……そうだな……」
     ブラント家の息子・フェリスと遊んでいる、日常動作の範囲内の動きしか見ていないものの、そこから判ることもたくさんあった。
    「動きに、隙がなかった。……いい勝負になると思う」
     ティアの言葉に『万屋』の仲間たちがざわめいた。
     当然だろう。ティアは、この組織の中でバリーに次ぐ実力の持ち主だった。
    「ほ〜。そりゃ面白そうだ。……お前が言うなら、そうなんだろうな。よっし、決めた。しばらく様子を見ることにする。……ティア、引き続き偵察頼むぜ〜」
     軽い調子で言うバリーに、ティアはこくりと頷いた。
     心に、自分でも答えのでない複雑な感情を抱えたまま。

     謎の女性と話し終えたリュカは、手近な窓から屋敷に戻った。ふと顔を上げたリュカは、真正面にリュカが両手でぎりぎり抱えられるくらいの大きさの額縁が飾られていることに気付いた。
    「肖像画、かな? ……何でこんなところに……」
     この廊下は屋敷と壁の距離が近く、しかも近くに木も生えているため、お世辞にも日当たりが良いとは言えない、あまり人の通らない場所のようだった。この屋敷に一週間程滞在しているリュカも、この辺りを通るのは初めてだった。
     肖像画とは、基本的に人目につくところに飾るものではないのだろうか。
     少なくとも、このブラント家に飾られているこの家の先祖の肖像画は応接間に、現領主のブラント夫妻とフェリスの肖像画はエントランスにあったと記憶していた。
     それなのに、何故これだけがこんな人目を避けるような場所に。
     リュカは近付いて、その肖像画をじっと眺めた。今よりも少し若い夫妻が、幸せそうに笑っていた。婦人のお腹は大きく、彼女が身篭っていた時に描かれたものだということが判った。
     リュカはそれを単純に、フェリスが身篭った時のものだと思った。
     だが、絵をくまなく観察するうちに、それがおかしいことに気付き、目を見開いた。絵の下の方に刻まれた日付を見た、その時に。
    「十……七年前?」
     フェリスは、現在十一歳のはずだ。ならば、この絵が描かれたのは十一年前のはずだ。だが、この絵に記された日付は、どう見てもそれよりも前のものだった。
     リュカはもう一度だけ絵を眺めると、フレデリックとイヴァンジェリンの元に戻ろうと廊下を歩き出した。
     歩きながらも考えるのは、先程の絵のことだ。
     十七年前に身篭っていた、子供。その子はどこにいってしまったのだろう。死産したのだろうか。けれど、それならばもっと個人的に眺めることができる場所に飾るのではないだろうか。何か言葉を添えて、いつでも偲べるようにと。
     日の当たらない、人通りもほとんどない場所に掲げられていた肖像画。まるで、忘れたくないけれど触れたくない物のようだと思った。
     考え込んでいるうちに、リュカはブラント夫妻のいる部屋に辿り着いていた。
     軽くノックをすれば、フレデリックの声がした。
    「どうぞ」
    「失礼します」
    「ああ、リュカ君。すまなかったね、フェリスを運んでもらって」
    「いいえ」
     首を横に振って、勧められるまま席に着き、差し出された紅茶のカップに口をつける。
     しばらく、穏やかな沈黙が流れた。
    「……どうかなさったの? 難しい顔をしてらっしゃるわ?」
     イヴァンジェリンの言葉に、リュカは意を決して口を開いた。
    「あの……さっき、気になる絵を見たんです。旦那様と奥様の肖像画。奥様が身篭っていて……日付が……」
     リュカはそこで言葉を濁したが、夫妻には伝わったようだ。夫妻の表情が凍りついた。
    「すみません……。立ち入った話ですよね。ただ、ちょっと気になっただけなんで……」
     慌てるリュカの言葉をフレデリックが制した。そして人払いをした。
    「……旦那様?」
     リュカの戸惑ったような声音に、フレデリックは苦い笑顔を浮かべた。
    「……これも、何かの縁なのだろう。君に、聞いてもらいたい」
     そして、フレデリックは話し始めた。十七年前の、彼の罪の話を。
     その内容と、先程の謎の女性との会話。そして復讐心に駆られたリュカが集めた裏世界の情報。そして僅かな推測が彼の頭の中で点だったものを線で繋がっていった。
     そして、辿り着いた真実に、思わず目を見開いたのだった。

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