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    蒼穹の狭間で  蒼穹の狭間で(3)

     陰羅は、慧達を眺めると不思議そうに首を傾げた。
    「君達の気配をこの神殿の中にいきなり感じた時から、光鈴の気配がないとは思っていたけど……。まさか、本当にいないのか?」
     その視線の冷たさに、春蘭の背筋に悪寒が走る。己の属する力とは対極の気配を放つ陰羅の存在に恐怖を抱きそうになる。懐に入れた鏡が放つ仄かな光の気配と、春蘭の目の前の慧の存在、そして雅を守らなければという意思だけが、春蘭を支えていた。
    「……見ての通りだよ。分かってるだろ?」
     慧がどこか挑発的に小さく笑って肩をすくめる。
    「どうだろうな。……光鈴も晄潤も私から隠れるのが上手いようだからな。晄潤などは、未だに場所が掴めぬ。ならば、光鈴が気配を隠したままここに近づく術を得ていてもおかしくはないだろう?」
     そう言って小さく笑う陰羅の様子は、どうもこの状況を楽しんでいるようにも見える。
    「だが……君達の様子ではそれもなさそうだ。光鈴はどうした?」
    「教えると思うか?」
    「いや? ただ興味があってね。光鈴を連れずに、君達が一体何をしに来たのか」
    「そんなの、答えは一つしかないだろう」
     慧が、剣の切っ先を陰羅に突き付けた。そして、短く言い放つ。
    「お前を倒しに」
     面白がるように、陰羅が笑った。
    「光鈴抜きで?」
    「ああ」
    「無謀だな。君達二人で私に勝てると思ったのか? 神である、私に」
     そう言うと同時に、陰羅は魔力を解き放つ。春蘭は一度だけ目を閉じると、唇を噛みしめて目を開いた。
    「ええ、そうです。……あなたが何者であろうとも、負けるつもりはありません」
     出来るだけ言葉に力がこもるように。背筋を伸ばして、春蘭は言い放つ。
    「ほお。……そこの巫女、なかなか言うな」
    「私達、そのためにここまで来たのですから」
     春蘭は服の袖から札を数枚抜き放つと、陰羅を見据えた。
    「……なるほどな」
     慧と春蘭。二人の強い眼差しを受け、陰羅は小さく笑うとすっと金の瞳を細めた。
    「いい覚悟だ。今までの者達に、そこまでの覚悟を持った者はなかなかいなかった」
     そう言って、陰羅は小さな衣擦れの音を立てながら台座から降りる。
    「嫌いではないな。……では、その覚悟に敬意を表して……全力で相手をしよう」
     そう言う陰羅には、余裕の色が見える。慧が剣を握り直し、正眼に構えた。
    「……春蘭、行くぞ!」
    「はいっ!」

    「我、汝に請い願う! その御名のもと、彼の者に大いなる守りを授けたまえ! ――……護神!!」
     春蘭の発動させた魔法が慧を包み込んだと同時に、慧に黒い炎が襲いかかる。
    「……くっ!」
     春蘭は小さく呻くと、魔法の維持に精神を集中させた。全力を注がなければ、今にも破られてしまいそうなほど、陰羅の攻撃の威力は高い。額に小さな汗がいくつも浮かぶ。
     防御魔法の中にいる慧は、炎を放った陰羅を睨むように見つめたまま、口の中で小さく呪文を唱えだした。
     そして、春蘭の防御魔法が陰羅の攻撃に耐えきり霧散した刹那、勢いよく地面を蹴る。陰羅に向かって下からすくい上げるような一撃を放つと、陰羅の手に暗奈が持っていたのと同じような剣が出現し、慧の一撃を受け止めた。
     そのまま幾度か剣を合わせ、慧は突如後ろに跳び退る。
    「烈火陣!」
     そうして魔力を解き放つと、陰羅が瞬く間に赤い炎に飲まれた。
     今の攻撃は陰羅もまともにくらったはずだ。だが、慧も春蘭も構えを解くことが出来ない。
     険しい視線のまま、炎を見ていると、突如炎がはじけ飛んだ。
     そこには、焦げてぼろぼろになった衣に眉をしかめる陰羅が、傷一つない様子で立っていた。
    「……この衣も普通の衣ではないのだが……ここまで力があるとは……」
     それは、陰羅なりの賛辞なのかもしれない。けれど、慧達には嫌味にしか聞こえない。春蘭の全力の援護によって、慧達に怪我はない。だが、先程のように攻撃をくらわせてなお、陰羅に傷一つ追わせられないのが現状だ。
    「君達は頑張ったよ。今までの煌輝と巫女に、ここまで戦う力と意志のある者はいなかった。下手をしたら、歴代の光鈴よりも強いかもしれない。……だが、これが限界だろう」
     その言葉と同時に、陰羅に力が集まり始める。その力の強さに、さすがに心の折れかけた慧と春蘭は固まってしまった。
    「やはり力の壁は乗り越えられなかったようだな。……残念だが、ここまでのようだ」
     陰羅の右手に黒い雷が集う。
    「……さようならだ」
     陰羅が右手を慧と春蘭に向ってかざす。雷が慧達に襲いかかってきた。この攻撃を浴びたららひとたまりもないだろうと思うのに、体は硬直したまま言うことを聞かない。
     春蘭が思わず目を閉じた、瞬間。
    「――シールドォォッ!!」
     勢いよく扉を開け放つ音と、高い声が薄暗い広間に大きく響いた。

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