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    蒼穹の狭間で  3.伝説の真実(1)


    「ここが、国立図書館です!」
     そう言って振り返った春蘭を雅と慧はまじまじと見つめ、それから彼女が指し示す建物を仰ぎ見た。
     夕方近くに辿り着いた暁安の町。歴史ある古い町だという慧の言葉通り、そこかしこに情緒が溢れる穏やかな町だ。
     その町の中心部に国立図書館と呼ばれる建物はあった。
    「でっか……図書館じゃなくて城でしょ、これ……」
    「凄いな。……ここいっぱいに本があるのかと思うと気が滅入る……」
     雅は目を見張って、慧はややげんなりとそう呟く。彼らの目の前にはとても図書館とは思えない規模の建物がでんっと構えていた。
     五階建ての建物は、首を左右に振っても建物の角が見えないのではないかと思うほど大きい。
     まさかドーム何個分とか言う、実物を見なければ少しもぴんと来ない大きさ比較をしなければならない対象物件化だったらどうしようと思ってしまった。
     延べ面積ならばありうるかもしれない。
    「……確かに。お目当ての本がここのどこかにって……どこだよ! って感じよね。……そう考えると……インターネットって偉大だわぁ」
     自分が動かずとも様々な情報が検索できるのだ。情報の正確性を求めるならば個人の取捨選択能力は問われるのだろうが、基本的には便利なことこの上ない。
     ちなみに雅はもっぱら料理のレシピを検索するのに使っていたりする。
    「いんたーねっと?」
     春蘭が小さく首を傾げる。
    「……うん、ないよね。せめて、パソコンで本の位置検索とか出来れば楽なのにぃ……。ってか、こんなでかい建物、一日じゃ絶対回りきれないって。……みんな、どうしてるんだろう?」
    「ああ……。国立図書館って宿泊施設併設されてるんだよ。何でだろうってずっと思ってたんだが……納得した」
     未だげんなりした表情を崩さずに、慧はそう言ってため息をつく。慧がここまで嫌そうな顔をするのも珍しい。雅はくすりと小さく笑った。
    「……勉強、嫌い?」
    「……嫌いってワケじゃないけど……」
     そう言いながらも眉をしかめるその姿は、雅が知る同年代の少年たちと変わらない。初めて、慧の年相応な姿を見た気がする。
    「春蘭みたいに喜ぶのは無理だな」
     きっぱりとした慧の物言いに、雅は小さく噴出した。それは確かに雅にも無理だ。勉強も本も嫌いではないけれど、この建物の中にどれだけの蔵書があるのかと想像するだけで、げんなりする。だが、春蘭だけは明らかに様子が違う。見るからに生き生きとしていて、とても楽しそうだ。本が好きなんだということは、聞かずとも分かる。
    「さあ! 雅ちゃん! 慧君! 行きますよっ!」
     張り切って図書館へと向かっていく春蘭の後姿は、やる気に満ち溢れていた。
     雅と慧は思わず顔を見合わせて苦笑を零すと、ゆっくりとした足取りで春蘭を追いかけた。

    「……想像通り、すっごい蔵書ねぇ。……眩暈しそう」
     見渡す限り本だらけの空間に、想像していたとはいえ頭痛を覚えて、雅は呆然と呟いた。
    「陰羅の居場所か。……地図とかに書いてないかな……」
     ふっと遠い目をした慧が、傍らの本棚に視線を投げかけポツリと呟く。
    「あるわけないじゃん。……でも書いてあったら素敵よね」
     即座に突っ込んでみたものの、慧が夢見たい気持ちも分かる。この中から求める情報を探す作業を思うと、気が遠くなりそうだ。
    「あー……春蘭は別の意味で夢の世界に突入だな」
     苦笑いを浮かべる慧の視線を追えば、春蘭がぱああっと顔を輝かせて本棚を見つめていた。その熱っぽい眼差しと表情は、まるで恋する乙女だ。
    「あああ……この本はっ! 出版数が少なくって手に入らなかった本! これは晄潤様の歴史書……っ!」
    「……うわぁ。春蘭って本オタク?」
    「……おたく?」
    「ええっと……本がものすっごい好きな人なのねってこと」
    「……見ての通りだ」
     苦笑気味に会話を進める雅と慧の前で、うわあうわあと本を見ていた春蘭がはっと我に返った。
    「はうっ! し、失礼しました……。雅ちゃん、慧君……。つい、興奮してしまいまして……」
     恥ずかしそうに顔を真っ赤にする春蘭は何だか非常に愛らしい。雅はひしっと抱きついた。
    「春蘭、可愛いっ!」
    「みみみ、雅ちゃん!?」
    「お前ら静かにしろよ。図書館だぞ」
     今更ながらに慧がまともな注意をする。図書館ではお静かに。
    「そのルールは万国共通なのねっ」
    「ああ、すみません〜」
     妙なことに驚愕する雅と、慌てる春蘭。昼間の出来事を考えると穏やかな時間が過ぎていった。
     けれど、その穏やかな時が翌日には終わりを告げるだなんて。この時の雅は考えてもみなかったのだ。 

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