蒼穹の狭間で 3.伝説の真実(2)
「……凄い、凄いわ。国立図書館。三食昼寝付、本読み放題で宿代格安! ……春蘭みたいな本好きには天国だよね」
「……だな。春蘭の読む速さに追いつける気がしない……」
「大丈夫。あたしもだから」
そんな会話を繰り広げる雅と慧の前で、春蘭は黙々と本を読み続ける。恐らく、二人の会話など耳に入っていないのだろう。物凄い集中力だ。
国立図書館併設の宿で一晩を過ごした雅達は、朝から図書館の一室を貸し切り、ひたすらに本を読み続けていた。
主に読んでいるのは天界の神話や伝承に関する本だ。なるべく選別して持ってきたつもりだが、それでも本の量は果てしなく多い。
「……それにしても」
雅は小さく呟きながら、手近な場所に置いてあった本を手繰り寄せ、開く。
「……字も、読めるなんて……。完全に日本語圏なのね、ここ……」
昨日、力に目覚めて以来、会話が通じるのはもしかしたら自身に眠っている力のせいなんじゃないかとも考えていたのだが。
光鈴の生まれ変わり云々はともかく、自分に力があるのは確かなのだから、よく分からない力で言葉が通じちゃう、なんてことがあっても不思議ではない気がする。そして、もしそんな事態だったならもしかしたら文字は読めないのではないか。
そんな懸念は、あっさりと吹き飛んだ。雅が今広げている本も、先ほど目を通した本も、ばっちりと日本語で記されていたのだ。――旧漢字ではあったけれど。
「まあ、会話に困らないのはいいよな」
何となく雅の考えてることを察しているらしい慧が、小さく息を吐きつつ、頷く。どうにも集中できないようだ。
「そうよねぇ……ん?」
雅はぱらぱらとページを捲っていた手を止める。何か見覚えのあるものを見たような気がしたのだ。
「どうした?」
「うん。ちょっと……」
数ページ前に戻り、雅は本を見つめる。確かこの本は神話の時代の神々についてまとめたもののひとつだったはずだ。
ぎっしりと書き込まれた文字の中に、一振りの剣の絵があった。雅は小さく息を呑んで、その絵を慧に指し示す。同じく絵を覗き込んだ慧もすっと眉をしかめた。
「……この剣は」
「昨日、慧が手に入れた剣、だよね……」
剣の見た目は、雅が見る限り昨日慧が手に入れた剣と一致する。慧の表情を見る限りは、彼の見解も同じだろう。
雅は表情を真剣なものにして、文章を読み始めた。剣について、詳しく書かれている。
「光纏う剣……。その刀身は光を放ち、閃光は魔を討ち滅ぼす。銘は……天叢雲剣、もしくは……草薙剣……?」
どこかで聞いたことがある名前だと雅は首を傾げる。
日本神話のヤマタノオロチ退治に出てくる剣がそんな名前じゃなかっただろうか。
日本書紀やら古事記やらに出てくる神様の住む土地が、もしかしたら天界なのかもしれない。ならば、言葉が通じても文字が同じでもおかしくないのかも。
雅は勝手にそう解釈して納得しつつ、文章を読み進める。
「この剣は……光鈴を守護し、光鈴に仕える煌輝とその魂を持つ者のみが使える神剣である……」
雅は沈黙した。慧も沈黙していた。いつの間にか春蘭も本を読むことを止め、事態を見守っている。
「……は?」
ようやく口を開いたのは、今の一文によって煌輝の魂を持つ者――つまり、生まれ変わり――だと言われた慧だった。
「本当か? それ……」
「本に書いてあることが本当ならね」
雅はそう言って慧にその文章の部分を指し示した。慧がその箇所を穴が開くのではないかというほど凝視する。
「……やはり、そうでしたか……」
ぽつんと呟いたのは春蘭だった。
「え?」
「どういうことだ?」
雅と慧の視線を受けて、春蘭はふと視線を落とす。
「……あの剣、本当に凄い力がしたんです。人の身では扱うのが難しいほどの。……あれほどの力を持つ剣ならば、神器のひとつかもしれないと思いました。……確証がなかったので、言えませんでした。すみません」
「いや、黙ってたことは別にいい。確証がなかったんなら尚更だ。……それはいいんだけど……」
肩を落としてしまった春蘭に慧はそう言葉をかけてから、複雑そうな表情になった。
「……こんなこと、あるのか?」
それは雅も思っていたことだった。
光鈴の生まれ変わりを召喚すべしとの神託を受けた巫女。その村に住んでいた守護役の少年が光鈴に関わる夢を見た為、光鈴の生まれ変わりの護衛につく。その護衛役が実は光鈴の守護役の魂を持つ者だなんて、出来すぎている。
偶然と言うにはかなり無理がある。中央神殿は慧のことを知っていたのではないかと勘繰ってしまう。
それは、雅が中央神殿と言う組織を信用していないせいかもしれない。一般的な女子高生に、世界の命運なんてものをあっさりと託してしまった組織。信用する気にはなれない。
「……中央神殿とかってとこは、何か言ってたの?」
その問いに、春蘭は小さく首を横に振る。
「何も。指令もほとんどないんです。……ただ、まずは暁安の国立図書館に向かえ、とだけ」
その言葉に、雅は眉をしかめた。春蘭の言葉に嘘はないと思うし、この短い期間でもずっと一緒にいれば、その人となりは見えてくる。春蘭は信頼に足る人物だと知っている。
けれど、春蘭を含む巫女や神官を統括する中央神殿はやはり信用出来ない。
どうしても、慧のことを知らなかったとは思えないのだ。それとも、中央神殿はこれも運命だ、宿命だと言った言葉で片付けるのだろうか。
そんなことを考え、雅は苦い笑みを浮かべた。