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    蒼穹の狭間で  2.目覚めの時(7)


     春蘭の話では暁安という町へは、あと二、三時間ほどで着くらしい。
     雅は青い勾玉をいじりながら、そうなんだと頷く。
     ようやく落ち着いたところで、先程起こった出来事を思い返していた。
     暗奈が妖艶な笑みを浮かべて迫ってきたあの時。死ぬんだと、思った。死ぬのは嫌だと思った。その瞬間、脳裏に響いたあの声は。
     この天界に来ることになった日の朝に、伝説が始まると夢の中で告げた声に、似てはいなかっただろうか。
     光鈴。認めたくなんて、ないのに。自分は違うのだと言いたいのに。現実がそれを許さない。どんどんと追い詰められているような、そんな気分だ。
     少なくとも、雅が魔法を使えるということは証明されてしまった。
    「……雅?」
     雅の思考を止めたのは、慧の心配そうな声音だった。
    「うい?」
    「どんな返事だよ……。大丈夫か? ……さっき、いきなり魔法使ったし。疲れてんじゃないのか?」
     若干慧は言葉を詰まらせたが、雅は気付かなかった振りをして、笑う。
     正直に言えば、完全に納得できたわけではないが、こればかりは自分自身の心の問題だ。
    「違う、違う。……ちょっとね、考え事。……魔法っていえばさ、あたしが使ったの、慧の魔法とも……春蘭の神力とも違ったような……」
     あえて自分から話題を振ったのは、そんなに気にしなくても大丈夫だとアピールする目的もあったが、純粋に疑問に思ったからだ。
     使えるようになった、とはいっても無意識に使っていたし、原理や法則を理解して使用した訳でもない。
     それでも、雅が使用した魔法が、慧や春蘭の使用したものと異なることくらいは分かる。
     少なくとも慧の呪文にも春蘭の呪文にも英語は入っていなかったはずだ。だが、雅の口をついて出た呪文の最後の言葉は、英語だった。
    「……そういえば、そうですね。雅ちゃん、最後は聞いたことがない言葉を言っていました」
     春蘭が、考え込むようにしてそう言った。
     天界にはもちろん、イギリスもアメリカもないわけで。そうするとつまり、英語という言葉もないらしい。
     そうなれば、このメンバーの中では一番光鈴関係の事柄に詳しいであろう春蘭にも、雅の使った魔法が一体何なのかは分からないだろう。
     そもそも何で天界の言葉は日本語なのだろうと少し思ったりもしたが、まあ会話に不自由してないのだからいいか、と軽く結論づけた。
     地続きではないけれど、この世界と雅の世界は同じ空の下で繋がっている。歴史をずっと辿っていけば、同じ先祖に行き着くのかもしれない。
     そんなことを思いながら、雅は小さく頷いた。
    「うん。英語だったよね」
    「……エイゴ?」
     やはり、聞き慣れない単語なのだろう。春蘭がそう言って首を傾げた。
    「そう。地界の……とある地域で使われてる言葉。世界各国で通じるんじゃないかってくらいたくさんの国で使われてる言葉」
    「そうか。地界にはたくさんの国があるんだったな……」
     感心したように頷く慧に、雅はきょとんとして首を傾げた。
    「……天界には、ないの?」
    「昔は何国かありましたけど……今は国という概念はないですね。強いて言うなら中央神殿が天界を統治しているのかもしれませんが」
    「へええ……。じゃあ国境とかもないんだー。でも、これから行く町にあるのって国立図書館なんでしょ?」
     国がないのに国立とはこれ如何に。そう思って首を傾げると、慧が苦笑した。
    「国があった時代の名残だな。暁安は古い、歴史ある町だから」
    「そうなんです。昔、首都だった町なんですよ。……ここになら手がかりがあるはずです」
     いきなり春蘭の口から出てきた手がかり、という言葉に雅は首を傾げた。
    「……手がかり? 何の?」
     その言葉に、春蘭はあっと声を上げた。
    「……あれ? 言ってませんでしたっけ……?」
    「何をよ」
     雅のその反応に、慧が苦笑した。
    「言ってなかったかもな」
    「だから、何をよ?」
     雅のその言葉に、春蘭が言いづらそうに視線を外す。
    「……ええと。陰羅の、居所です」
     春蘭の返答に、雅は目を丸くした。
    「は?」
    「陰羅の居所の手がかりは、国立図書館にあると……神官長様が」
     雅は数度瞬いて、考え込んだ。それは、つまり。
    「えーと。……陰羅の居場所……知らないの?」
    「……はい」
     非常に気まずそうに頷く春蘭を見て、雅は額を押さえた。
     一刻も早く、陰羅を倒して欲しいのではなかったのか。それが、陰羅の居場所から探さねばならないとは。
     中央神殿とやらも、それくらい調べておいてくれてもよさそうなものなのに、どこまで他力本願なのだ。
    「ほんっとうに扱いがぞんざい過ぎるっ!」
     雅の言葉に、春蘭は申し訳なさそうに肩を竦め、慧は苦笑を深くしたのだった。

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