「……何か、むなしいかも……」
突如そう呟いた雅を、慧と春蘭が振り返った。
「何だよ、突然……」
「むなしいかもって、何かありました?」
「ちっがーう! 何もないからむなしいの!」
慧と春蘭が、同時に首を傾げる。雅は小さく口を尖らせた。
「だってあたし、一応異国っていうか異世界にいるのよ? 何かこう異文化コミュニケーションっていうか何ていうか……楽しげなイベントがちょっとくらいあってもいいかなぁって思うのよ!」
歩む足すら止めて力説しだす雅に、慧と春蘭は曖昧に頷いた。
「いや、ちゃんと天界の事情が切羽詰ってるのは分かってるわよ? でもさ、道中の景色はずっと同じだし、町とか村についても宿屋直行だし、朝はご飯食べたらすぐ出発だし。あたしが知ってる天界の景色ってほぼ森と草原よ、魔物うじゃうじゃの大自然のみ! ……むなしくもなるわよ。うう、せめてお店覘くぐらいしたい……!」
自分が旅の資金を出しているわけでもないし、急ぐ旅だということも分かっている。これはただのわがままだ。
けれど、雅も地界に戻れば少々家庭的ではあるが女子高生ではあるわけで。遊びたい年頃なのだ。
雅の主張に、慧と春蘭は顔を見合わせる。
「……あー、そうか。……そうだよな」
「……ですよね。雅ちゃん、地界の人だから、珍しい物とかあったかもしれませんよね……」
何やら真剣に悩みだした天界人二人に、雅の方がうろたえる。
「え? ……ちょっと!? い、いいのよ? 気にしなくて! ちょっと言ってみただけだし!」
何で自分の愚痴を自分でフォローしているのだろうか。ちょっと疑問に思いつつ、そう声をかけるが、真剣な面持ちで雅を見た春蘭が、強く首を横に振った。
「いいえ! いけません! 私達が雅ちゃんをお呼びしたんです! しかも、毎日戦いばっかりで! 少しは楽しい思い出も作っていただかないと、申し訳なさ過ぎます!!」
物凄く力一杯主張されてしまった。慧も特に口を挟まない辺り、春蘭に同意らしい。雅は困ったように頬を掻くしかない。まさか、こんな展開になろうとは思いもしなかった。
そこで春蘭があっと声を上げた。
「この時期ですから、次の村ならお祭りがやっているはずです!」
「……冬なのに?」
祭りというと、何となく夏のイメージが強い雅のその言葉に、春蘭はにっこり笑う。
「冬だからです! 寒い冬を乗り越えて一年がいい年になりますようにって祈るお祭りなんですよ。この地域はちょうど今くらいの時期に行うはずです」
何だか力強く春蘭はそう宣言して、楽しみですねと笑った。
辿り着いたその村は、かなり規模が大きい集落だ。胡蓮の村の印象が強いのか、村というとこじんまりとした印象しかないのだが、ここはそれよりも数倍栄えているようだ。
そしてその村はたくさんの人で賑わっていた。春蘭の話だと近隣の村からも人が集まるらしい。そうして人が集まる場所には、商いを行う者も集まる。出店が軒を並べている様子は、季節は違えど雅が良く知る祭りとなんら変わりなかった。
「ふふ、占いとかもあるんですよ〜」
春蘭が楽しそうに笑う。
「占い? どんなの?」
「私達のような巫女は鏡や、水鏡を使いますね。あとはこういうお祭りの占い師なら易とか、方位とか……」
その時、春蘭の言葉を聞きつけた目の前の老人が振り返る。
「巫女様、ですか? どうかわしを占ってはもらえませぬか!?」
老人の物凄い気迫に、春蘭は一瞬だけびくりとしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「構いませんよ。……その前に少々お待ち下さいませ。……慧君」
春蘭が少しだけ声を潜めた。
「雅ちゃんを案内してあげて下さい。宿は私がとっておきますから。……頼みましたよ!」
「……分かった。任せておけ」
苦笑しつつ頷く慧に、もう一度本当ですからねと念を押して、春蘭は老人に向き直る。
「お待たせ致しました。……何を占いましょうか?」
そう言って、落ち着いて話せる場所に移動していった春蘭と老人を、雅はぽかんとしたまま見送った。
「……いいのかなぁ。何か、色々」
「気にすんなって。さて、俺達も行くか」
慧が苦笑と共にそう言って雅を促す。
「どうせなら、楽しまなきゃ損だろ?」
そう言われて、雅は小さく笑った。確かに圧倒されて流されるうちにこんな状況になってしまったが、楽しまなければ損だ。
「……そうだね。春蘭には何かお土産買っていこうよ!」
そう言って歩き出せば、足取りはだんだんと軽くなる。自分でも浮き足立っているのが分かった。
並んでる出店を覘いても、やはりどこか雅が知る物とは雰囲気が違う。
「うーん。何か、異国情緒溢れる感じ〜! 何か観光してるっぽい! あ、これ可愛いっ」
雅が足を止めて覘き込んだのは、どうやら工芸品のお店らしい。色々な色の糸を編みこんで作られた根付を見ていると、慧が雅の手元を覗き込んだ。
「これ、気に入ったのか?」
「んー。携帯のストラップにもつけれそうだなぁって……」
携帯やストラップが分からなかったに違いない。慧は一瞬眉をしかめたが、まあいいかというように息をつき、その根付と隣にある色違いの根付を手に取った。
「これふたつ」
「はいよー。まいどー」
そうして、慧はふたつとも雅に手渡す。
「はい。雅が、天界に来た記念と、春蘭のお土産に」
「えっと……」
二人の染み入るような優しさに、戸惑ったのは一瞬だった。根付を握りしめて笑みを零す。慧と、それからこの場にはいない春蘭の気持ちが嬉しい。
「ありがと! 戻ったら、春蘭にもお礼言わなきゃね」
その言葉に慧は笑顔を浮かべ、それから背後をちらりと振り返った。
「よし、じゃあせっかくだから何か食うか。腹減ったし」
「そうだね。あ、何かいい匂いする〜! ねぇねぇ、あれ何?」
慧の言葉に、雅は頷いて歩き出す。そうして、二人は並んで祭りの雑踏の中に消えて行った。