『優しさに包まれて』へ INDEX

    蒼穹の狭間で  寒空の下で

     ひときわ強い風が吹く。その風のあまりの冷たさに、雅は思わず歩みを止めると肩を縮こまらせた。
    「さっむ!」
     慧と春蘭が同時に振り返る。
    「あ〜。今日はひときわ寒いよな」
    「そうですね。でも、雅ちゃん。もうすぐ町に着きますから! がんばりましょう!」
    「ってか、二人とも何でそんな平気そうなの〜?」
     節約意識から常にエコ設定にしているとはいえ、冷暖房がある環境に慣れた現代っ子の弊害だろうか。そんなことを思いながらも、雅は再び歩き出す。
    「手先も足先もかじかみすぎて感覚ないんだけど……」
    「えっ? そんなに寒いですか? 地界の方が暖かいんでしょうか……?」
     春蘭の疑問に、雅はどうかなぁと首を傾げた。そもそも環境が違いすぎて、比較することも難しい。
    「う〜……さむさむっ。……あったかいコーヒー飲みたい……」
     文句を言っていても町が近づいてくれるわけもなく、ひたすら歩いて少しでも早く町に着くしか、この寒さを解消する方法はない。
     だが、このくらいの愚痴は許されるだろう。
     そんなことを思いつつ呟いたのだけれど、返って来た応えは雅が予想もしないものだった。
    「……こーひー? 何だそれ」
     舌足らずな、やたら可愛らしい発音とともに、慧が首を傾げる。
    「え? ないの?」
    「ないな。初めて聞いた。飲みたいっていうからには……飲み物だよな?」
    「そうだよ。……そっか、ないのか……」
     コーヒー豆の生産地は熱帯や亜熱帯の地域に集中しているはずだ。冬の気温がここまで冷え込むことを考えれば、天界の気候は少なくとも熱帯や亜熱帯ではないだろう。それならばコーヒーノキ自体が存在しないのかもしれず、ならば知らなくても無理はない。
     それにしても飲めないと思うと、余計コーヒーが飲みたくなってくる。しかし、それはこの世界に留まっている以上、叶わない願いだ。
     雅は思い切り肩を落とした。
    「どんな飲み物なんですか?」
     あまりの雅の落胆っぷりに興味を持ったのか、春蘭が首を傾げる。
    「ん〜。味は苦いかなぁ。香りを楽しむ嗜好品だから。……コーヒー豆を焙煎して粉にしてね、そこにお湯を淹れて作る飲み物だよ」
    「へえ、地界には面白い飲み物があるんだなぁ」
    「豆を炒って粉に……」
     雅の説明に慧は感心し、春蘭は何事か考え込みだす。
    「あ〜、コーヒー飲みたい! でももうあったかい飲み物なら何でもいい気もする! 寒い!」
    「だから、もう少しだから頑張れって」
     寒い寒いを連呼する雅に、慧が苦笑をする。そんな雅を、春蘭は真剣な目で見つめたまま、口を開いた。
    「雅ちゃん」
    「……そんな真剣な顔してどうしたの? 春蘭」
     あまりの真剣さに雅は思わず足を止める。つられて慧も足を止め、春蘭を見つめた。
     雅の視線を受けながら春蘭が懐から取り出したのは、拳くらいの大きさの袋だった。中からはジャラジャラと音がする。
    「ここに、大豆があるんですけど……。これを粉にしたらそのこーひーというのにならないでしょうか?」
     いやそれきな粉じゃん。っていうか、何で大豆常備してるの。
     真剣すぎる春蘭の表情に、雅の脳内を駆け巡ったいくつもの突っ込みが行き場を失う。
    「うん……。ええと……。難しいと、思うな……」
    「そう、ですか……」
     残念そうに肩を落とす春蘭には申し訳ないが、きな粉汁なんてものはあまり飲みたくはない。
     三人の間を冷たい風が吹き抜ける。
     春蘭の気遣いは嬉しいのだけれど、この空気はどうすればいいのだろう。
     解決策も見いだせず、寒空の中三人ともしばらく突っ立っていたというのも、よくよく考えれば間抜けな話であった。

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