セシルを守るように、霧を纏った白いドラゴンが顕現する。その姿に、セシルは見覚えがあった。
忘れられるはずなど、あるわけがない。
白いドラゴンはすっと息を吸い、霧のブレスを放った。その力で、黒竜がを一瞬で消し去る。ゴルベーザの驚愕の声が響いた。
「霧の力で黒竜を消し去っただと!?」
同時にセシルを淡い光が包み込む。万能薬の癒しの光だ。同時に、セシルの隣で高い靴音が鳴った。
「大丈夫? もう動けるわ!」
セシルはそちらに顔を向け、目を見開く。そこには年の頃は十七か十八くらいの、まだどこか幼さの残った少女が立っていた。
だが、この声をセシルは知っている。何よりも力強い翡翠の瞳を。
「その、声……! 君は……!」
「話は後よ! みんなを助けて、ゴルベーザを倒さなきゃ!」
「……ああ!」
少女はまずはじめに、ローザの手にフェニックスの尾を握らせた。すると、尾が柔らかな光を放つ。こうして離れかけた魂を呼び戻すのだ。ローザがうっすらと目を開いた。
同時にセシルはカインにフェニックスの尾を握らせ、そのまま詠唱に入る。少女が、ヤンに尾を握らせているのを視界の端に捉えながら。
「真白き光よ、優しき祝福よ! 我らを癒したまえ! ケアルラ!!」
セシルの力では応急処置程度でしかないが、今はそれで十分だ。ローザが回復魔法を使う体力が回復すれば、それで。
「真白き光よ、優しき祝福よ! 我らを癒したまえ! ケアルラ!!」
ローザが放った回復魔法はセシルのそれよりもやはり強力で、全員が立ち上がれるほどに仲間達を癒した。
「命を蝕む不浄の風よ!! バイオ!!」
少女が、ゴルベーザに向かって黒魔法を放つ。その声と姿にローザとヤンが目を見張ったが、今はそれどころではない。
「緩やかなる時よ! その流れに汝が身を委ねたまえ! スロウ!」
バイオに呻き声を上げ、その動きに翳りが出来たゴルベーザに、ローザはさらに減速の魔法をかける。
「はあああ!」
「くらえっ!」
ヤンの気合を篭めた一撃がゴルベーザの鳩尾に深々と突き刺さり、カインの鋭い突きがゴルベーザの肩を貫く。そして。
「ゴルベーザ!」
セシルの身体を回転させた一撃が、ゴルベーザの腹を薙いだ。
「そ、んな……この私が、敗れる、だと……?」
ゴルベーザが床に崩折れる。甲冑の重たい音が、クリスタルルームに響いた。
「倒した……。ゴルベーザを、倒した……!」
セシルの言葉に、全員が全身で安堵の息をつき、そうして窮地を救ってくれた少女を見た。
「リディア……あなたのお陰よ!」
ローザにそう言われたリディアは、照れたようにはにかむ。その表情は、三ヶ月ほど前と何も変わらない。けれど。
「助かったよ、リディア。……でも、その姿は?」
三ヶ月前、七歳の少女だったはずのリディアは大人の女性といっても差し支えない出で立ちで、セシル達の前に現れた。
「あの時……リヴァイアサンに飲み込まれて、幻界に連れて行かれたの」
「……幻界?」
「幻獣達が住む世界よ。そこで暮らしていたんだけど……幻界は人間界とは時の流れが違って……」
「そうか、それで……」
「これは驚いた……」
正直に言えば、簡単に信じられる話ではなかった。だが目の前の少女は、確かにリディアだ。それは確信を持って言える。だから信じられないような話でも、これが真実なのだろう。
その時、リディアとそれほどの付き合いもなく話しについていけていないカインが、戸惑ったような声を上げる。
「セシル。……彼女は?」
「ミストの村のリディアだ」
「……!? あの子供!?」
カインのその反応が面白かったのか、リディアは小さく笑った。
「あのね、幻獣達が友達になってくれたの。白魔法は使えなくなっちゃったけど、その代わり召喚と黒魔法の腕は上がったわ。……あたしも、戦える」
そのまっすぐな瞳を見ていられなくて、セシルは俯いた。あの時から、彼女の中では十年近い時が流れてるに違いないというのに、その瞳の強さは変わらなかったようだ。
「でも……。僕は、君の母さんを……」
「言わないで! 幻界の女王様が言ってたの。今、もっと大きな運命が動いているって。あたし達が立ち向かわなきゃいけないって。……それにね、あたし、ファブールで戦うって決めたんだよ。……だから、ね?」
そう言って小首を傾げたリディアは、誰もが思わず見惚れるほど綺麗な笑顔を浮かべた。
はっと我に返ったヤンが変な咳払いをし、カインがそっぽを向く。ローザが柔らかな笑みを浮かべ、セシルは困ったように頬を掻いた後、笑った。
「……分かった。またよろしく頼むよ。リディア」
「うん!」
和やかな空気が辺りを包んだ、その瞬間。がちゃりと大きな金属音がして、セシルはばっとクリスタルを振り返る。
「私は……死なぬ!」
瀕死のゴルベーザが、闇のクリスタルに手を伸ばしていた。
「しまった!! ゴルベーザ!!」
「く……ははは。クリスタルは……頂いて行くぞ!」
ゴルベーザの姿が、クリスタルと共に掻き消える。テレポを使って逃げたのだ。
「く……! しまった!!」
「セシル、陛下に報告しないと!!」
ローザの言葉に、セシルは頷く。ゴルベーザを倒した、クリスタルを守れたと思って、完全に気を抜いていた。これは明らかに自分の失態だ。
セシルは落ち込みそうになる気を奮い立たせて、ジオット王のいる玉座の間の方向に足を向けたのだった。