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    FINAL FANTASY W 〜地底世界で・5〜

     最後のクリスタルだけは、死守しなければ。
     そう意気込むセシルにジオット王が提案したのは、バブイルの塔に保管されているという、ゴルベーザが集めたクリスタルの奪還だった。
     最後のクリスタルは、封印の洞窟という所にあるらしい。この洞窟の扉には強固な封印がなされており、鍵がなければ開かないのだという。
     封印を強引に破るにしてもかなりの時間を要するし、知識と知恵を持つ者でなければ、あの扉は破れない。つまり、ゴルベーザ自らが出向く可能性が高いのである。
     そこでゴルベーザが足止めを食っている間に、セシル達が敵の本拠地であるバブイルの塔に潜入してクリスタルを取り戻すこととなった。ドワーフ戦車隊が敵を引きつけてくれている間に潜入する作戦だ。
     作戦開始は明朝となり、疲れ果てた彼らはドワーフの城に一晩滞在することとなった。

     リディアは、一人で城の中を歩いていた。幻獣以外の生き物と会うのは、彼女にとっては約十年ぶりだ。何もかもが新鮮で、面白い。
     ふと、喉の渇きを覚えた。そういえば、幻界で幻獣達の女王にセシル達の危機を教えられて飛び出してきてから、何も口にしていない。
    「何かあるかなぁ」
     小さく呟いて、城の食堂を覗き込む。すると食堂の隅の席に、明らかにドワーフとは異なる風貌の男が一人座ってグラスを傾けていた。金の髪に薄い青の瞳。やや冷たい印象を受けるものの整った顔立ち。
     見覚えのない姿だったが、それが誰なのかリディアにはすぐに分かった。今、この城にいる人間はリディアを含め五名しかいない。
    「カイン?」
     近づいて声をかけると、カインがゆっくりと顔を上げてグラスをテーブルに置く。
    「……リディア」
    「一人で飲んでたの? これ、お酒?」
     カインは静かに頷いた。リディアはわくわくとグラスに視線を落とす。琥珀色の液体の中で氷がからんと音を立てて揺れているのが、とても綺麗だ。
    「あたし、お酒って飲んだことないの」
    「……幻界にはなかったのか?」
     カインの声はどこか淡々としている。けれどリディアはそれを冷たいとは思わなかった。
    「うーん。あったんだけど……前にね、幻獣王様がものすごく酔っ払っちゃった時があって……よく分かんなかったんだけど、女王様が怒っちゃって……。失われた究極魔法を発動させるとかさせないとかの騒ぎがあって……。幻界からお酒、なくなっちゃったんだよね」
     リディアの話にカインは冷や汗をかいている。今だから笑って話せるものの、当時のリディアはそれはもう恐ろしい思いをしたものだ。
    「……ねー、カイン。一口もらっちゃだめ?」
    「……構わんが、この酒はかなり強いし、女性が好んで飲むような酒ではないんだが」
    「そうなの? うーん……でも、一口!」
     結局、好奇心が勝った。リディアはカインが差し出したグラスを受け取り、軽く口付けた。瞬間。
    「っ!?」
    「……だから言っただろう」
     吐き出しはしなかったものの、眉を思い切りしかめるリディアにカインは小さく苦笑を浮かべると、ウエイターに何かを言った。
    「う〜。苦いし、喉熱い〜」
    「地底の酒はどれも強いようだな。……酒に興味があるのなら、地上に戻った時にローザに連れて行ってもらえ。甘い酒や口当たりのいい酒の店を教えてもらえるだろう」
    「うー……うん」
    「ほら、口直し」
     ウェイターが持ってきた琥珀色の液体の入ったグラスをカインが差し出す。
    「……なぁに?」
    「ジュースだ。地底で取れる果物らしいが何かは知らん」
    「ありがとう」
     リディアはそっとそれに口をつけた。色は先程の酒と似ているのに、こちらは仄かに甘い。
    「……セシルから、聞いた」
     唐突な言葉にリディアは目をぱちくりとさせた。
    「君が……ファブールで、俺を助けようと言ってくれたと」
     それは、地上の時間でおよそ三ヶ月前。だが、リディアにとっては十年近く前の話だ。だが、その時の思いはリディアの心に深く刻まれている。リディアはそっと目を伏せる。
    「……俺は、君のお母さんの仇で……しかもあの時、俺はセシルとローザを……」
     そう。あの時カインはリディア達の敵として現れた。親友であるはずのセシルを裏切り、ローザを攫って。
    「何で……君は、俺を……」
    「だって……とても悲しそうな目をしてたから……」
     あの時は何故そう思ったのか、分からなかった。セシルの友達だから、辛そうだったから。それらも理由ではある。
     けれど、今だからこそ分かることがある。あの時リディアがカインを助けたいと思ったのは。
    「あたしと、同じ気持ちだと思ったから。だからだよ」
     そう言って微笑むリディアに、カインが小さく目を見開いた。
    「……本当はね、そう気付いたのはさっきなの。……カイン、ずっとローザを目で追ってるの、気付いてる?」
     リディアの問いに、カインは息を呑んで慌てて目をそらした。リディアは小さく苦笑を浮かべる。無意識の行動にこそ本心が出るものだと、今のリディアは知っている。
    「その目が、あたしと同じだった。……悲しい目だなって思ったの」
    「リディア……君は……セシルを」
     その言葉に、今度はリディアが悲しい笑みを浮かべる番だった。
    「……内緒だよ?」
     けれど、その笑みもすぐに淡い苦笑に変わる。
    「でも……カインとはちょっと違うのかも。お兄ちゃんに対する憧れ、みたいな感じもあったと思う。……あの時のあたしは本当に小さくて、セシル以外に頼る人もいなかった。生きる術がなかった。だから、夢中でついていって……最初は憎かったセシルが穏やかに笑うところとか、時々悲しそうなところとか、見て……力になりたいって、思った。あたしがもっと強ければいいのにって」
     そうすれば、セシルもセシルが守りたいものも守れるのに。それが、リディアが強くなりたいと思った原点だ。
    「リディア……今の、その姿は……セシルのためか?」
     カインの言葉に、今度はリディアが目を見開く番だった。そんなこと、考えてもみないことだったけれど。けれど、きっと。
    「そうだね。……それは、あったかも」
     セシルの横にいても、おかしくない自分。彼とつりあう自分。夢見なかったかといえば、嘘になる。
    「でも……セシルには、ローザがいるって分かってた。……それにね、ローザはあたしのお姉ちゃんなの。あの時も、それからきっと、今も。大好きなの」
     リディアは自然に笑みを浮かべて、目を閉じた。
    「それに、セシルがローザと一緒にいる時が、一番好き。……きっと、長く想い過ぎたんだね。セシルとローザのこと。今は、二人が幸せになってくれればいいなぁって思う。そのために、あたしに出来ることをしようって思うの」
     二人が一緒にいるところを見て、胸が痛まないではないけれども。それはリディアの本音だ。
     十年近く二人のことを想ってきた。セシルは無事か。ローザはまだ捕らわれたままなのか。想い過ぎて……幼い恋は、リディアの中で決着がつかないまま、終わってしまった。
     カインがぐいっとグラスを煽る。
     あんなに苦いのによくあんな風に飲めるなぁ、と見ていたら、カインが苦い笑みを零してリディアを見つめてきた。
    「リディアは……凄いな。俺には……まだ、とても……」
    「だって、カインはずぅっと一緒にいたんでしょ? ……あたしとは、違うよ」
     ずっと傍にいて見続けていたら、リディアもカインと同じように憎んでいたかもしれない。セシルと、ローザを。
     カインは、小さく首を横に振った。それがリディアにはどういう意味なのか分からなかったけれど、カインを傷つける気がして、尋ねることも出来なかった。
    「さて……今日は引き上げるか。早く休まんと、明日に響く」
    「……うん。そうだね」
     そう言って財布を出そうとするリディアを制して、カインが支払いを済ませる。リディアが礼を言うと、カインは小さく笑った。

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