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    FINAL FANTASY W 〜再会と真実と・5〜


     足音が、静かな城内に響き渡る。
     バロン城の一階。玉座の間に繋がる廊下に降り立ったセシルは、微かに目を細めた。右の塔から続く階段の方向から、微かな気配と足音がしたのだ。気を引き締め、剣の鞘を鳴らす。と、同時に現れた人物にセシルは目を見開いた。
    「君は……ベイガン!」
    「おお、セシル殿!?」
     足音の主は近衛兵長のベイガンだった。彼以外に兵の姿はない。近衛兵長がこの異常事態に兵の一人も連れずに歩いているのは、相当不自然だ。
    「ベイガン……。君も、まさか……ゴルベーザに……」
     警戒心も露わなセシルの問いかけに、ベイガンはきょとんとしたような表情をした。
    「何のことでしょう?」
     そう不思議そうに尋ねてくる。その様子は、セシルがよく知る彼となんら変わりない。セシルはほっと息をつき、警戒を解いた。操られているわけではなさそうだ。
    「いや。……君は、ゴルベーザに操られなかったのかって思って」
    「まさか! 私とて近衛兵を治める身。バロンへの忠誠は誰にも曲げられませんよ」
     ベイガンは力強く言い切る。
    「そうか。……僕は、シドを救出に来たんだが、君は?」
    「私もです。シド殿をお救いしようと残った近衛兵を連れて城に戻ったのですが……残ったのは、この通り、私だけです……」
    「そう、か……」
     セシルは苦い感情を隠しきれずに俯いた。その肩を、ベイガンがぽんと叩く。
    「セシル殿、共に参りましょう! シド殿を……何としてでもお救いせねば!」
    「ああ! 君がいれば心強い!」
     セシルの言葉に、ベイガンは笑みを浮かべる。
    「右の塔には誰の姿もありませんでした」
    「左の塔もだ。……とすると、残るは……」
     セシルとベイガンの視線が、同時に同じ方向を向いた。その先にあるのは、バロン王がいるはずの、玉座の間だ。セシルとベイガンは頷きあい、並んで一歩踏み出す。だが、パロムとポロムはそこから動き出そうとしなかった。二人はじっとベイガンを見つめている。
    「……どうかしましたか?」
     子供達の視線に気付いたベイガンは、足を止めてパロムとポロムを見返した。子供相手でも、丁寧な口調はそのままだ。
    「……におうんだ」
     ぽつりと呟いたパロムの言葉を、ポロムが継ぐ。
    「魔物の、においですわ」
     その言葉にセシルは身を固くし、ヤンが周囲を見回した。だが、魔物の気配は感じられない。ここにいる者達以外の気配がないのだ。テラが目を細めて双子を見て、それからセシルに視線を移す。
    「ま、魔物ですと!? どこにっ!?」
     慌てて周囲を見回すベイガンを、パロムが鼻で笑う。
    「しっらじらしいなぁ。あんたが臭いんだよ!」
    「お芝居なら、もう少しまともにしていただきたいものですわ」
     その言葉の意味に気付いて。セシルはばっとベイガンを見た。反射的に一歩引いて、距離をとる。ベイガンは、先程まで浮かべていた戸惑いを消し、無表情でその場に立っていた。
    「ベイガン! やはり、君も操られてっ……!」
     セシルの言葉に、ベイガンはくすりと笑った。
    「操られる? ……心外ですなぁ。私は、心から忠誠を誓っているのですよ……」
     笑みが爬虫類めいたものに変わり、ベイガンの身体からめきめきと音が聞こえる。
    「こんな素晴らしい力をくれた……ゴルベーザ様にね!」
     魔物の姿へと化したベイガンに、セシルは唇を噛み締め、剣を抜き放った。
     心に受けた衝撃は、無理やり押し込める。感じる気配から油断ならない相手だというのは確実だ。迷いは自分だけではなく、味方の死も意味していた。
     ベイガンの両手は、もはや手の形を成していない。それぞれが意思を持った蛇だ。そしてベイガン自身も蛇の魔物と化している。
    「……くっ!」
     セシルは唇を噛み締めて、その左手を切り落とす。しかし。
    「無駄ですよぉ! セシル殿!」
     丁寧な口調はそのままに、邪悪な笑みを浮かべたベイガンは左腕を振り上げる。同時に切断面から蛇の頭が再生した。右の蛇を狙っていたヤンは、それを見て後ろに後退し、距離を取り直す。
    「うっわ! 気持ちわりぃっ!」
     パロムの率直な感想の横で、ポロムは不快感に眉をしかめながら、道具袋から出した氷の結晶を、ベイガンの足元の床に叩きつけた。結晶が割れると同時に、中に封じられていた魔法が発動する。
    「北極の風か!」
     テラが目を細め、アイテム名を口にした。北極の風は氷魔法ブリザラが封じられた道具である。ベイガンが小さく苦悶の声をあげた。氷が弱点のようだ。
     ならば、とセシルがテラとパロムに指示する前に、ベイガンはにやりと笑った。
    「させませんよぉ!  魔を反射する鏡よ、我を守りたまえ! リフレク!」
     ベイガンの前に、一瞬青白い鏡が展開するのが見えた。
    「リフレク!? 魔法はいけませんわ! 反射されます!」
     ポロムの言葉に、リフレクを知らなかったセシルとヤンは、納得したような表情になる。ということは、攻撃の主体は物理攻撃の手段を持つ、セシルとヤンということおになる。
    「じゃが、リフレクがかかっておるのは、本体のベイガンのみ! まずはうっとおしい腕を叩いてくれよう!」
     張りのある声でテラはそう言い放ち、ロッドを構えた。
    「テラ!」
    「見ておれ! ゆくぞ、パロム!」
     パロムはこくんと頷くと、左手の蛇に狙いを定めた。テラは右手の蛇にロッドを向ける。
    「「汝、動くことなかれ! その身体を石へと変じよ! ブレイク!!」」
     魔力の発動と共に、ベイガンの両腕が石へと化す。
    「な、何っ!?」
     驚愕に目を見開くベイガン。だが、その隙を見逃すようなセシルとヤンではない。
    「うりゃあああっ!」
    「はああああっ!」
     目にも留まらぬ連撃がベイガンの腹に決まり、聖剣による一撃が魔物へと堕ちた身体を切り裂く。
    「く、そぉ……こんな……ゴル、ベーザ様っ……!」
     それが近衛兵長ベイガンの最期、だった。セシルは剣を収めることすら忘れて、その場に呆然と立ち尽くす。
    「……そんな……ベイガン、まで……」
    「……甘いんだよ、あんちゃんは」
     そう毒づくパロムのトーンが、いつもより少しだけ、低い。ポロムが心配そうにセシルを見上げた。
     セシルは、目を閉じる。
     魔物と化していた、ベイガン。バロン王は操られているだけだと思っていた。ゴルベーザを倒せば、優しく聡明だった陛下が戻ってくると信じて疑わなかった。……けれど、もし。バロン王もベイガンのように魔物と化していたなら。
     その時、自分は討てるだろか。誰よりも尊敬し忠誠を誓う、あの人を。
     結論を出すことが、怖い。だがここで立ち止まるわけにはいかない。
     セシルは目を見開いて、前を見た。
    「……みんな、行こう」
     答えは、この先にある。

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