FINAL FANTASY W 〜ファブール攻防戦・2〜
「何!? クリスタルを、バロンが!?」
ヤンの報告に、ファブールの国王が玉座から立ち上がる。その年齢を感じさせない動きに、セシルは内心舌を巻いた。
普通の動作に隙がない。この国の国王が昔は名うてのモンク僧だったという噂は真実だったようだ。
「はい。この方々が教えて下さったのです! この国のクリスタルが狙われている、と!」
ヤンの報告に、しかし国王は眉をしかめた。その視線はセシルにある。
「しかし……その者の姿は、バロンの暗黒騎士。信じてもよいものか……」
確かに、王の言葉は一理ある。セシルは兜の下で唇を噛み締めた。だが、ヤンが首を横に振る。
「陛下、信じるに足る方々です!」
ファブールまでの二日間の道のりを共にしただけだが、ヤンのセシル達への信頼感を確固たる物にするには十分な時間だった。ヤンの信頼に応じようと、セシルが口を開きかけたが、それをギルバートが制する。
「ギルバート?」
ギルバートはにっこりと笑うと、ヤンよりも前に出て優雅なしぐさで頭を下げる。
「陛下、お久しぶりです」
ギルバートの姿を認めたファブール王は、相好を崩す。
「これは……ギルバート王子。そなたもいらしたのか」
気付かなくて申し訳ない、と頭を下げるファブール王にギルバートは首を横に振る。
「お気遣いなく。……陛下、ダムシアンのクリスタルは既にバロンの手に落ちました。その時に、父も母も……恋人も失いました。ここファブールをダムシアンの二の舞にするおつもりですか?」
ファブール王が息を呑んだ。それは、冗談としては性質が悪いものであったし、何よりギルバートの真剣な表情が今の発言が真実であると告げている。
「なんと……誠であったのか。申し訳ない、セシル殿」
真摯な謝罪に、セシルは気にしていないと首を横に振った。
自分の姿を考えれば、この国を守る責任を持つ王が疑念を抱くのは当然だろう。警戒心を抱かないほうがおかしい。
「しかし……敵はバロンの赤き翼。主力部隊を欠いた我々に太刀打ちできるかどうか……」
「ですが、バロンにクリスタルを渡すわけにはいきません!」
眉をしかめつ呟いたファブール王は、セシルの強い言葉に一度だけ目を閉じた。そして、大きく頷くと目を開く。その瞳に宿る強い覇気に、セシルは思わず息を呑んだ。
「兵に伝えよ。戦闘態勢に入れ、と。そなた達は……」
「僕達も、戦います」
失礼だとは思ったが、セシルはファブール王の言葉を遮って申し出た。
セシルの固い決意を感じ取ったのか、ファブール王はあっさりと頷く。
「分かった。手を貸していただこう。おなごたちは救護の任に就いていただきたい」
ローザとリディアは顔を見合わせ、頷いた。セシル達と共に戦いたいという気持ちもあるが、さすがにこの状態で我を通すわけにはいかない。
「確かに承りました。陛下」
「が、がんばります!」
ローザとリディアの返事にファブール王は頷き、ヤンに視線を移す。
「ヤン、頼んだぞ!」
「はっ! 参ろう、セシル殿!」
そして、ヤンに連れられセシルとギルバートは踵を返す。その背に、ローザの澄んだ声が響いた。
「セシル!」
セシルが振り返ると、そこには美しい顔を心配そうに曇らせたローザの姿があった。
「……気をつけて」
セシルは力強く頷く。
「ああ。君も、気をつけて。……リディア、ローザを頼む」
普通は逆だけれど、と思いながらもそう言うと、リディアは力強く頷き返してくれた。
そんな場合ではないのに、本当に頼もしい少女の姿に笑い出しそうになりながら。セシルは玉座の間を後にした。
城門の前に着いた時、遠くから聞こえる飛空艇のエンジン音以外は何の音もせず、不気味なほどに静かだった。これから始まる激しい戦いを予期したのか、動物の姿もない。
やがて、だんだんとエンジンの音が大きくなり――ヤンが声を張り上げる。
「気をつけよ! 来るぞ!」
すると突然、セシル達の前に突然、バロンの兵隊達が三人現れる。移動魔法で転送されてきたのだろうと踏んだセシルは、慌てずに剣の柄に手をかけ、引き抜いた。セシル達の背後で、ギルバートも身構える。彼の役割は旅で得た豊富な薬の知識でセシル達を補助することだ。
「セシル殿!」
「ああ!」
呼びかけも応じる声も短い。そして、二日間戦いを共にしたこともあり二人の息はぴたりと合っていた。三人のバロン兵はあっさりと叩きのめされる。
瞬間、見張りの僧兵が叫んだ。
「赤き翼だっ!」
同時に始まる飛空艇からの爆撃に、セシル達は物陰に身を隠す。
「くっ! 空からでは対抗しようがないか!」
「致し方ない! 白兵戦に持ち込む! 総員、城内へ退避!」
ヤンの指示への僧兵の対応は素早い。そして、退避するしんがりを務めるのはセシル達だ。爆撃の合間を縫って城内へと走るセシル達を追うように、魔物達が現れた。
「魔物が、何故っ!?」
叫びながらも、セシルの剣に迷いはない。迷うことなど許されない。この剣にはたくさんの人々の命が懸かっている。
「くぅっ! 人と魔物の混合部隊とは!」
ヤンの頬を魔物の攻撃が掠めるが、ヤンは躊躇うことなく敵に突進し、鋭い突きを繰り出した。
「ヤン! 回復を!」
すかさず、ギルバートが回復を行う。
「かたじけない! ……っ敵の数が多い! 後退する!」
後ずさりながら、ヤンはセシルにすまなさそうな顔を向けた。
「申し訳ない! 勝ち目のない戦いに!」
だが、セシルは首を横に振る。
「言ったはずだ、これは僕らの戦いでもあると! それに、まだ負けると決まったわけじゃない!」
その叫びに、ギルバートも大きく頷いた。
「そうさ、気にしないでくれ! ヤン!」
二人の言葉に、ヤンは一瞬だけ両目を閉じ、微笑んだ。
「……かたじけない!」
それに笑みで応じながら、セシルは脳裏に親友の姿を思い描いていた。
こんな時に、と思いかけて気付く。こんな時だからこそ、思い描いてしまう。あの頼りになる男のことを。
彼がいれば、負ける気なんてしないのに。