FINAL FANTASY W 〜ファブール攻防戦・3〜
「もう、セシルってば。私のことリディアに頼むなんて……。普通逆じゃないかしら?」
呟きながら怪我人に回復魔法をかけるローザに、リディアは小さく笑う。
「だって、ローザ時々無茶するもの。セシルはローザが心配なんだよ」
「……」
実際無茶をして砂漠で倒れ、死に掛けた身としては反論できない。リディアの正論にローザは頬を染めて回復を続けた。
その時、城が大きく揺れて爆撃の音が響く。体重の軽いリディアはその衝撃でふらつき、彼女が回復魔法をかけていた僧兵の胸に倒れこんでしまった。
「きゃあっ! ご、ごめんなさいっ!」
「いえ、大丈夫ですか?」
傷はリディアの魔法でほとんど回復しているし、小さなリディアが倒れたところで、日頃鍛えている僧兵にはどうということもないのだろう。リディアに命を救われた僧兵は、リディアに対して丁寧な態度を取っている。
リディアはそっと身を起こした。
「ごめんなさい。傷、大丈夫だった?」
「大丈夫です」
にっこりと安心させるように笑う僧兵にほっとリディアが安堵の息をついたのと、ローザが立ち上がり窓の外を見て息を呑んだのはほとんど同時だった。
「赤き翼だわ!」
その言葉にリディアは窓まで駆け寄り、外を見てきゅっと眉をしかめる。
「あれ……ギルバートのお城で見たのと、おんなじ……!」
しばらく外の様子を険しい表情で窺っていたローザは、城門の辺りに視線を向けた瞬間、驚きに目を見開いた。
「あれは……あの人は……!」
つられてそちらを見たリディアも、驚きを隠せずに息を呑んだ。
ちらりとしか見えなかったが、城の中に入っていった人は、リディアが忘れることが出来ない人物の一人だった。
リディアは隣に立つローザを見上げた。もう何も見えないのに窓の外を凝視したままのローザを。リディアは、ローザの手をそっと握る。
「……リディア?」
「ローザ、行きたいんだよね? 行こう、あたしも一緒に行くから」
リディアの言葉に、ローザは苦笑を零す。
「ありがとう、リディア。……行きましょう」
そして二人は救護室を後にする。手を、固く繋いだまま。
風のクリスタルの目の前で、ヤンは悔しそうに歯噛みした。
「くっ……! ここまで攻め込まれるとは……!」
それはセシルも同感だった。本当はこの部屋の一歩手前の玉座の間。そこで敵を食い止める予定だったのだ。しかし。
「まさか……魔物が僧兵に化けているなんて……!」
ギルバートが沈痛な面持ちで呟く。僧兵に化けた魔物が、玉座の間を内側から開放してしまった。その為に、ここまで撤退を余儀なくされたのだ。
「ここは……死守しなければ!」
拳を握り締めるセシルの言葉を聞いていたかのように、クリスタルルームの扉が開く。低く身構えたセシルだったが、思ってもみなかった人物の登場に、目を丸くした。
「……カイン?」
そこには、先程脳裏に思い描いたばかりの親友の姿があった。ミストで離れ離れになり生死さえも不明だった竜騎士は、悠然とセシルに歩み寄ってくる。
「カイン! 生きていてくれたか!」
セシルは構えを解いて、笑みを浮かべる。カインは小さく頷いた。
「ああ。セシル、お前も」
「早速で悪いんだが、カイン。一緒に戦ってくれ」
セシルの言葉に、カインは口元を吊り上げた。
「ああ。そのつもりだ。……だが、セシル」
カインが愛用の槍を手に、構える。その切っ先の向かう先は――セシルだ。
「セシル! お前とだ!」
「カ、カイン!? 何でっ」
動揺したセシルは、無意識に一歩後ずさる。カインが何を言ったのか、理解が出来なかった。
「一騎打ちだ! セシル!」
「何故だっ!? カインッ!」
「問答無用!」
カインの放つ殺気は本物だ。突き出されたカインの槍を、反射的に抜いていた剣で受け流す。カインは一度引くと、槍を構えて突進してきた。その攻撃を何とかかわすが、自分から攻撃には移れない。
戦っていても、頭は疑問で一杯だった。
だからだろう。剣が跳ね飛ばされ地面を転がっても、セシルは咄嗟に反応できなかった。
迷いのある剣はこんなにも弱いのだと、思い知らされる。
「とどめだ!」
カインのその言葉も、現実感がなくて。
セシルは自分に向けられた槍の切っ先を、呆然と眺めていた。カインが槍を突き出そうと、後ろに手を引いた、瞬間。
「やめてっ!!」
ローザの悲痛な叫びが、場の空気を止める。セシルとカインは弾かれたように声の方向を見た。
クリスタルルームの入り口に、悲しみに顔を曇らせたローザと、肩で息をするリディアが立っている。
「ローザ……リディア」
セシルの呼びかけには応じず、ローザはリディアの手を引いてクリスタルルームに足を踏み入れた。
「カイン……! あなたまで……!」
ローザの瞳がまっすぐにカインを射抜く。その視線を受けたカインは、槍を取り落とすと頭を抱え、視線を逸らした。
「やめろ……! 俺を、見るな……!」
苦しそうに呻くカインに、セシルは息を呑む。カインの様子が明らかにおかしい。
そして、思い当たった。バロン王と同じく、カインもゴルベーザに操られているのだという可能性に。
そのセシルの考えを肯定するかのように、低い足音が響いた。
「……何をしている? ……カイン」
その低い声に反応したのは、ギルバートだった。その表情が、固まる。
「ゴルベーザ……!」
それが、前赤き翼の部隊長と現赤き翼の部隊長の邂逅の瞬間だった。