ミシディアの長老の館の奥にある、祈りの塔。魔導船の封印を解くために祈りを捧げたこの場所は、この青き星の中で一番月に近い場所だろう。
バブイルの巨人を撃破した一同はこの場所に集い、この大地の未来と、そして何よりもセシル達が無事に帰還することを願っていた。
そうして祈り始めて、どれくらいの時間が過ぎただろう。
祈りの間の中央で祈りを捧げていた幼い双子の魔道士の肩が、同時にびくりと跳ねる。
「……長老!」
「あんちゃん達が!」
パロムとポロムが、焦ったような表情で長老を振り返る。
鋭敏な感覚を持つ魔道士達は、セシル達の危機を感じ取ったらしい。切迫した二人の雰囲気からそう察したヤンやギルバート、シドの表情に緊張感が走る。
長老は、双子に分かっているというように頷いたあと、目を細めて月を見上げた。
月からの不穏な気配が先程よりも強まっている。それは、長老も痛いほど感じていた。
「うむ! 今こそ彼らの……いや、この大地のために祈る時! パロム! ポロム!」
長老に呼びかけられた双子の背筋がぴんと伸び、その表情が一人前の魔道士のものへと変わる。長老が何をしようとしているのか、そして自分達が何をしなければならないのか。それを理解している、そんな顔つきだ。
「皆の祈りを、わしらがセシル殿達の元まで送るのじゃ!」
長老の言葉にパロムとポロムは力強く頷き、仲間達を見回した。その視線を受けて、まず最初に目を伏せたのはヤンだ。
「……セシル殿……!」
ヤンの脳裏に、いつだって自分を信頼して背中を預けてくれた聖騎士の姿が過る。たとえ今ともに戦えずとも、祈りがセシル達の背を支えてくれると信じて、ヤンは深く祈った。
「今こそ、本当の勇気を……!」
ギルバートは小さく呟いて、目を閉じた。
アンナを失ってただ泣くだけだった自分を叱咤してくれた、暗黒騎士と幼い召喚士の少女の姿が思い出された。彼らがギルバートに本当の勇気を教えてくれた。その勇気が、彼らの力になるようにと祈りを捧げる。
「ワシらが待っとるんじゃあ!!」
セシル、ローザ、カイン、エッジ、リディア。皆、シドにとっては可愛い子供たちだ。その無事を願わない訳がない。彼らが笑顔で帰って来てくれれば、それでいい。
シドのそれは祈るというより、叫びだ。魂のこもった叫び。それに応じるようにシドに従っていた技師達も目を伏せる。
「無事に帰って来てください!!」
ジオット王が地底では見ることが叶わなかった月を見上げ、そして目を閉じる。
「この大地のためにも……!」
「立ち上がって……!!」
ジオット王の娘であるルカもまた、王の傍らで祈りを捧げた。
トロイアの神官達も指を組んで祈った。
「私達も祈ります……!」
仲間達の祈りの力が集まってくるのを感じながら、パロムは目を閉じた。
ミシディアを襲った悪い奴だと思っていたのに。試練の山で身を挺して庇ってくれた、暗黒騎士。そのあとにしてくれた肩車が、照れくさかったけど嬉しかったことは、内緒だ。出来ればもう一度、なんて願ってることも。
「しっかりしろよ! あんちゃん!!」
「セシルさん……! みなさん……!!」
皆の心と祈りが祈りの間に満たされていくのを感じつつ、ポロムもまた目を閉じた。
恐ろしい兜の下に、優しく悲しい瞳を隠した暗黒騎士。セシルの人となりを知るうちに、敵意は親愛へと変わっていった。優しく、人のためにどこまでも強くなれる人。みんなが、あなたたちの無事を願っている。
「――……月よ! 我らが祈り……受け取りたまえ!!」
長老が朗々と言葉を紡ぎ、両手を天へと掲げる。何か大切なものを空へとそっと送り出すかのような、緩やかな動作。その手のひらの向けられた先に、白く淡く輝く月があった。