「……我は……完全暗黒物質……ゼムスの憎しみが増大せしもの……」
ねとりとまとわりつくような嫌な気配と、背筋が凍るような声音に反射的に振り向いたゴルベーザが大きく息を呑む。
床に伏したゼムスの身体を鈍い光が包み込んでいる。声も気配も、その炎から放たれていた。
それを見たフースーヤがかっと目を見開き、強く唇を噛んだ。
ゼムスだったものから放たれるその気配は強烈で、セシルは足がすくみそうになってしまう。
先ほどまでおどけていたエッジの顔色も明らかに悪い。その隣に立つリディアの顔色は青を通り越して白くなってしまっている。その肩が大きく震えているのが見て取れた。
カインの顔色は竜を模した兜に隠れて分からないが、ひどく動揺しているのが気配からよく分かる。
そして、気配に押されたローザが悲鳴をかみ殺すかのように手で口元を覆ったのが見えた。
倒したと、これで大丈夫だと、誰もがそう思い安堵していただけに、ゼムス以上の憎悪を発するこの存在が、セシル達の心を絶望へと追い落とす。
完全暗黒物質と名乗ったその光が、強い光を放つ。
それに、どんな効果があったのか。光を受けた当人であるセシルにもよく分からない。
少しでもその恐ろしい存在から離れようと本能的に後ずさったが、それが限界だった。
セシルと仲間達は冷たい床の上に倒れ伏した。光を受けて辛うじて立っているのは、フースーヤとゴルベーザの二人のみ。
霞む視界の中で、ゴルベーザがセシルを振り返り、唇を噛むのが見えた。
フースーヤが、一歩前に進む。
「……死してなお、憎しみを増幅させるとは……!」
ゴルベーザは強い決意を秘めた目でセシルを見た後、前方へと視線を向けてフースーヤと同じように一歩前に出る。
「ゼムス! ……いや、ゼロムス! 今度こそ、私の手で消し去ってやる……!」
そうして、じりじりと完全暗黒物質――ゼロムスへと、兄と伯父が近付いていくのを、セシルは朦朧としながらも見ていた。
――……だめだ。勝ち目なんて……逃げないと……。
そう思うけれど、意識を繋ぎとめておくのがやっとで、身体に力が入らない。
ゼロムスの力なのか、地面が振動しているのを感じた。
「消え去れい! ゼロムス!!」
フースーヤがそう言い放つのを聞きながら、ゴルベーザは詠唱を始める。最強の黒魔法――メテオの呪文だ。
一呼吸遅れて、フースーヤもまたメテオの呪文を唱え始める。
「メテオ!!」
ゴルベーザが全魔力を込めて放ったメテオ。無数の隕石が、その姿を異形へと変えたゼロムスに降り注ぐ。しかし、少しも堪えたような様子はない。
「――……メテオ!」
フースーヤのメテオがもたらした結果もまた、ゴルベーザと同じものだった。フースーヤの表情に焦燥感が浮かぶ。
「だめじゃ! 奴にメテオは効かぬ!! ――……ゴルベーザ! 今こそ、クリスタルを使う時じゃ!」
「はい!」
ゴルベーザは、懐に持っていたクリスタルを取り出すと、頭上に掲げた。
クリスタルが一瞬眩い光を放つ。けれど、それだけだ。何かが起こったような様子はない。
それを見たゼロムスの身体が大きく震えた。
「暗黒の道を歩んだお前がクリスタルを使おうが、輝きは戻らぬ! ただ、暗黒に回帰するのみだ! 死ぬがいい! ――……メテオ!!」
ゼロムスの魔力が解き放たれ、無数の隕石がゴルベーザとフースーヤに降り注ぐ。
なす術もなく最強の黒魔法をその身に受けた二人は、その場に倒れ伏した。
ゼロムスの身体がさらに震える。まるで世界の全てを嘲笑うかのように。
「……苦しむがいい……滅びるがいい……。全てを消滅させるまで我が憎しみは続く……」
そしてゼロムスの視線が己へと向けられたのを、途切れそうな意識の中でセシルは感じた。
「今度はお前達の番だ。来るがいい……我が暗黒の中へ……!」
仲間達はぴくりとも動かいないし、セシル自身も瀕死の状態だ。ゼロムスの放つ気配は圧倒的で、セシル達が勝てる要素など微塵もない。その事実に、心が折れそうだ。
けれど、それでも。セシルは渾身の力で上体を起こす。
生まれ育った星。そこで待ってくれている人達。共に戦った仲間達。時に競い、時に支え合った親友。そして、誰よりも大事な愛する人。彼らの命を諦めることなんて出来ない。
ただ、それだけを思い顔をゼロムスに向ける。その時、視界の端で微かに光が見えた気がした。
暗闇の中の光に、セシルは反射的に右腕を伸ばす。
そこには。クリスタルを抱えて倒れた、兄の姿があった。