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    FINAL FANTASY W 〜祈りと絆・1〜

     生気というものが完全に抜け落ちたような表情をした、黒衣の男。ゴルベーザとフースーヤにちらりと視線を向けたその男の瞳に宿る深く濃い憎悪に、ゴルベーザは小さく息を呑んだ。
     ゼムスはまるで何かに縛り付けられているかのように両手を大きく広げて、その場所から微動だにせずに佇んでいる。
     不可視の強い力が、ゼムスをこの場所に縛り付けているのだ。魔力の流れからそれを感じたゴルベーザは、そんな状態でも青き星にいた自分を操ることが出来たゼムスの力に、恐怖を覚える。
     気付けば、呪文の詠唱が口をついていた。
    「――……ファイガ!!」
     ゴルベーザの放つ火炎系最強の黒魔法が、動くことすら叶わないゼムスを包み込む。
    「スロウ!」
     ゴルベーザの隣に立つフースーヤが、白魔法を放つ。それを聞きながら、ゴルベーザは次の黒魔法の呪文を唱える。
    「ブリザガ!!」
     無抵抗の男に魔法を放つことへの罪悪感は、感じなかった。それよりも、この男をこのままにしてはいけないという危機感の方が勝ったのだ。
     この場で倒さなければ、大変なことになる。ゴルベーザの生存本能がそう訴えている。
    「ホールド!」
     それはフースーヤも同じなのだろう。彼が魔法を唱える様子にも、微塵の躊躇も感じなかった。
     ゼムスと同じ月の民であるフースーヤの方が、男の異様な負の気配に気づいているのかもしれない。そう思いながら、雷系最強の魔法を放つ。
    「……サンダガ!!」
     そして、フースーヤが白魔法唯一の攻撃魔法を唱えた。
    「ホーリー!!」
     これだけの呪文をくらってもなお、ゼムスのどこか虚ろな表情が崩れることはない。ただ、ゼムスの抱く憎悪がさらに濃厚さを増したような気がした。
    「あと一息じゃ! パワーを、メテオに!!」
     負の気配を断ち切るようなフースーヤの叫びに、ゴルベーザはこくりと頷く。
    「いいですとも!」
     ゴルベーザとフースーヤは、同時にメテオの詠唱を開始する。唱和される呪文を聞いていたゼムスの口が、はじめて小さく動いた。
    「……使うがいい……全ての、力を……」
     そうして、ゼムスの口元が微かに歪む。にたりと笑ったように、ゴルベーザには見えた。
     これでいいのだろうか。ゴルベーザの心に、一瞬迷いが生じる。この魔法に渾身の力を込めてしまっていいのか、そんな疑問が脳裏を霞めた。何だか、嫌な予感がする。
     けれど、ゼムスを倒すには全身全霊のメテオしかないということも感じていた。
     心を乱せば、魔力も乱れる。
     フースーヤとのこの魔法でゼムスが倒せると信じ、渾身の力を込めるしかない。
    「「――……メテオ!!」」
     解き放たれた二つの魔力に導かれ、無数の隕石がゼムスへと降り注ぐ。
    「……この体……滅びても……。魂は……ふ……め……つ……」
     苦悶の声ひとつ上げることなく、静かにそう呟いて。ゼムスはその場に崩れ落ちた。そして、ぴくりとも動かない。
     それを見届けたゴルベーザは、詰めていた息を一気に吐いた。今更ながらに汗が吹き出し、肩で息を繰り返す。隣に立つフースーヤも似たような状況だ。
    「……倒した……」
     半ば無意識に口をついて出たゴルベーザの言葉に、フースーヤは頷いたあと、眉をしかめた。
    「愚かな男だ……。素晴らしい力を持ちながら、邪悪な心に踊らされおって……」
     その時、ゴルベーザのものでもフースーヤのものでもない、歓喜の声が静かな空間に響き渡る。
    「ヒャッホーーー!」
     反射的に振り返る。そこには、いつの間にいたのだろう。セシル達の姿があった。
     エブラーナの王子が片手を上げて喜んでいるから、先ほどの声の主は彼なのだろう。
    「おお、そなたらも来たのか!」
     フースーヤの言葉に、エッジは両手を頭の後ろで組んでおどけてみせる。
    「どーやら一足遅かったみてぇだけどな! この俺がぶちのめすはずだったのによ!」
     かっこよく活躍するはずだったんだぜ? と、エッジは隣に立つ召喚士の少女に話しかける。リディアは呆れたように調子いいんだから! と言うけれど、その声も表情も明るい。
     そんな明るい雰囲気の中、ゴルベーザはセシルへと視線を向けた。
     どんな顔をして、どんな声で話しかければいいのか。迷いながらも、ゴルベーザはただ一人の弟の名を呼ぶ。
    「……セシル……」
     はっと顔を上げてゴルベーザを見たセシルだったが、その視線が戸惑うかのように逸らされる。
     そんなセシルを、ローザが心配そうに見つめていた。
    「……セシル」
     ローザがセシルを呼ぶ声に、セシルの肩がわずかに震える。セシルの眉がきゅっと寄せられ、弟がひどく苦悩しているのが分かった。
     それを見て、ゴルベーザがさらに言葉を紡ごうと口を開きかけた、その時だ。
     ゴルベーザの背後で、何かが光を放ったのは。

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