怪獣図鑑。対象の状態や弱点を把握する白魔法ライブラと同じ効果がある道具だ。
エッジは図鑑のページをぱらりとめくると、白紙のページが淡く光を放つ。その光が収まると、何も描かれていなかったはずのページに、バルバリシアの姿と詳細なデータが刻まれていた。
「弱点は……」
そんな動きに気付いたらしいバルバリシアが、ぎっとエッジを睨み付ける。そして、その指先がすっと伸ばされ、エッジを指し示す。
すると、エッジを中心に風が渦を巻いた。
「ミールストーム!? エッジ!!」
セシルの叫ぶ声と同時に、風がふっと止み、エッジががくりと膝をつく。
「……弱点は、聖属性だ!! ローザ! じーさん!」
体中を風で切り刻まれぼろぼろになりながらも、エッジが叫ぶ。ローザとフースーヤはその叫びを受けて、同時に呪文の詠唱を開始した。
「「神聖なる光、闇を打ち払う破邪の光よ」」
人々を癒し助ける白魔法だが、たったひとつだけ攻撃魔法がある。
「「大いなる意思により、闇を滅す刃となれ」」
その呪文を聞きながら、セシルはエクスポーションをエッジに使った。バルバリシアが竜巻をまとっている今、セシルにできる攻撃はない。
瓶に入った液体をエッジに振りかけると、雫がきらきらと輝きながら落ちていき、傷を癒していく。
その横では、リディアが精神統一をして、小さく呪文を唱え始めていた。
「我、リディアの名に於いて命ず。来たれ、清廉なる者。穢れなき純白の白竜よ……汝の輝ける息吹にてすべての災厄を吹き払いたまえ」
リディアの詠唱で、ドラゴンの攻撃属性が聖属性だということに、セシルは改めて思い当った。
「「裁きの光よ、我が前の邪悪をその光によって打ち砕きたまえ!! ホーリー!!」」
「我が呼びかけに応えて出でよ! 霧の化身……ドラゴン!!」
二筋の白い光が、バルバリシアの身体を貫く。そして、リディアの召喚したドラゴンの霧のブレスが、ホーリーのダメージでよろけたバルバリシアに襲いかかった。
バルバリシアが身にまとっていた竜巻が弱まり、ほどけるように消えていく。
「またも……敗れるとは……!」
そう呟いて。風のバルバリシアは床に伏した。
それと同時に、アイテムでの怪我の治療を終えたエッジが音もなく立ち上がり、最後に残った四天王に視線を向ける。
「……ルビカンテ!」
エッジの視線は鋭いが、以前にルビカンテと対峙した時のような激しい怒りの色はない。
「ゆくぞ!」
ルビカンテは短くそう言うと、ばさりと赤いローブをはらった。
それを合図にしたかのように、セシルは地面を蹴った。同時にエッジが高く跳躍しつつ振りかぶって手裏剣を投げる。
ルビカンテが手裏剣を弾いたタイミングで、セシルは間合いに踏み込み、すくい上げるような剣戟を放った。
がきんと鈍い音が響いて、ルビカンテはすんでのところでセシルの剣を受け止めた。しばし押し合ったあと弾き、お互いに間合いを取る。
「ヘイスト!」
「――ブリザガ!」
ローザがエッジにヘイストをかけ、フースーヤがルビカンテに向かって黒魔法を放つ。
ヘイストによって速度を増したエッジが、ブリザガによってダメージを受けたルビカンテに切りつけようとした、瞬間。ルビカンテがにやりと笑い、魔力が濃く強くなった。
「ファイガ!」
詠唱なしに放たれた灼熱の炎が、セシル達に襲いかかる。セシル達はそれを目を閉じ、息を詰めてやり過ごすしかない。
炎が消える気配に、セシルは思わず膝をつきそうになった。しかし、何とか気力で耐える。
「ちっくしょ……!」
エッジの火傷もひどい状況だ。彼の武器はスピードである。そして、その速さを生かすために装備も軽いものが多い。セシルよりもこの炎は堪えているはずだ。
回復魔法が使えるローザとフースーヤは先ほど魔法を使ったばかりで、次の呪文を唱えるには少し間を置かなければならない。
連戦により疲労もピークに達し、しかも相手は四天王最強の男。正直に言って状況は悪い。
セシルの頬を汗が伝う。その時、呪文が響いた。
「……出でよ、慈悲深き者。三つの顔を持つ者よ! 理不尽への憤怒、我らへの愛と慈しみをもって我らに祝福を与えたまえ! 我が呼び声に応えて出でよ! 幻獣たちの母、アスラ!!」
召喚魔法の多用は、術者への負担もかなり大きい。出来れば無理してほしくはないけれど、そうもいっていられない状況に、セシルは唇を噛みしめる。
リディアの魔力に応じて、幻獣王妃のアスラが姿を現す。アスラの表情は、慈愛に満ちたものだ。
「ケアルダ!!」
そうして、アスラの放つ癒しの光がセシル達を包み込んだのだった。