封印の洞窟の地下五階に、闇のクリスタルのクリスタルルームはあった。クリスタルルームの扉が罠ということはなく、また前回のように床に落とし穴もない。
セシルは慎重にクリスタルに近づくとそっと手を伸ばした。そして、クリスタルはあっさりとセシルの手中に収まる。
「これが、闇のクリスタル……」
そう呟くセシルの表情がどこか腑に落ちない様子なのは、ここまで来るのにゴルベーザの動きが全くなかったことを訝しんでいからだろう。
それは、カインも同様だ。これが最後のクリスタルだというのにゴルベーザ側が静かすぎる。
あの男は一体何を企んでいるのか。そう考え込むカインを、突然ひどい耳鳴りが襲う。カインは思わず眉をしかめた。
脳に直接語りかけてくる低い声。
竜の兜の下で、カインは目を見開いた。
脳を揺らすような、この感覚は。忘れようがなかった。カインの唇が小さく動く。ゴルベーザ、と。
――カイン、カインよ。お前はどうして憎きセシルと行動を共にしているのだ?
黙れ、と心の中で強く念じながら、セシル達の後について歩き出す。
――罪深いお前を受け入れてくれたから、か? だが、最初にお前を裏切ったのは奴らの方だろう。。
違うとカインは心の中で叫ぶ。だが、脳に響く声は少しずつ確実に大きくなっていく。
その声を中断させたのは、背後から聞こえる何かを引きずるような重たい音だった。
足を止め、振り向いたカインは目を丸くした。セシル達も同様の表情をしているのだろう。
クリスタルルームの壁が少しずつこちらに迫って来ていたのだ。
「壁が!」
「このままじゃ潰されちゃう!」
ローザとリディアの言葉に、即座に身構えたエッジが叫んだ。
「その前にぶっ壊すまでよ!」
単純明快な解決策にカインは苦笑を浮かべつつ槍を構えた。この王子の無意味に前向きなところを、カインは気に入っていた。本人には口が裂けても言いたくはないが。
時々、考えることがある。
この男のように全てを笑い飛ばせるようなしなやかな強さがあったなら。こんな風に思い悩むことはなかったのかもしれない、と。
「オウジサマは単純だな」
「んだよ、なんか文句あんのか?」
カインは口の端に苦笑とは違う笑みを浮かべる。
「いや? 分かりやすくていい。……いくぞ!」
カインは思い切り地面を蹴り、迫りくる壁に切りかかった。そうすれば、迷いを振り切れるのではないかと、そう思ったのだ。
「――スロウ!」
ローザの放ったスロウが壁が迫りくるのを僅かに遅らせる。エッジの忍び刀が閃き、同じ個所にカインもまた槍を突き立てた。一か所でもひびが入れば、そこから崩せるはずだ。
「――来たれ、幻界を統べるもの。母なる海の覇者、大いなる海神よ」
リヴァイアサンを召喚するつもりらしいリディアの詠唱を背に、セシル、カイン、エッジは同じ個所に攻撃を加える。その部分から壁の一部分がぱらり欠けて零れ落ちた。
「滄溟たる波濤にて全ての罪穢れを拭い去りたまえ!」
その朗々たる声を聞きながら、ふとカインはファブールの城で自分をまっすぐに見つめてきたリディアの姿を思い出していた。
初めて会った時には憎しみをぶつけてきたはずなのに、次にまみえた時にはその瞳に憎しみの色は見えなかった。
そんな少女の心の強さを、正直羨ましいと思う。
「我が呼び声に応えて出でよ! 大海原の主――リヴァイアサン!!」
召喚に応じて姿を現したリヴァイアサンは、その巨体をくねらせると高らかに鳴いた。それと同時に激しい水流が動く壁に襲いかかる。その攻撃により壁にぴしりと大きな亀裂が入ったのをカインは見た。この轟音さえなければひびの入る音がはっきりと聞こえた事だろう。
そしてそのひび割れた場所を起点に亀裂は壁中に広がっていく。
「――たあああああっ!」
水流が収まったと同時に、セシルが全力で剣を突き立てると、壁が轟音とともに崩れていく。
巻き起こる粉塵に眉をしかめつつもほっとするカインを再び耳鳴りが襲う。
――よく考えてみるのだ、カイン。お前を裏切った者たちに、お前が義理立てする必要はないではないか。
再び聞こえる声とその内容に、心臓がどくんと鳴る。カインはきつく下唇を噛んだ。
ふざけるな! 俺は、二度と……!
――親友と呼びながら、お前の気持ちに気付かなかったセシル。常にお前の前を行き、ローザの心も奪い取ったセシル。そして、一向にお前の気持ちを無視し、セシルしか見ないローザ。何故、お前を見ない者たちにお前は力を貸そうとするのだ?
ぽつりと心のうちに黒い染みが落ちた。そしてその黒い染みは、声がカインの名を呼び言葉をかけるごとに、じわじわと広がっていく。
抵抗しようとする意識も、少しずつ染みに浸食され薄れていった。その代わりに心を占めるのは、奥深くに押し込めていたはずの酷く醜い感情だ。
カインの瞳が徐々に光を失っていく。
だが、そのことにクリスタルとゴルベーザ側の動きにばかり注意を傾けていたセシル達は気付くことはなかった。