このクリスタルをジオット王のところに持ち帰らなければ。
セシルは逸る気持ちを抑えつつ、封印の洞窟から足を踏み出した。
だが、その時。聞き覚えのある低い声が辺りに響く。
『――カイン。そのクリスタルを我が元に持ち帰るのだ……』
それは忘れもしないゴルベーザの声だった。誰、と小さく呟くエッジにリディアがゴルベーザよ、と小さく応じる。それと同時に、カインが頭を抱えて呻きだした。
「カイン!」
「カイン! しっかりして!」
セシルとローザがカインに呼びかける。その声に応じるように、カインが顔を上げた。
「だい、じょうぶだ……。おれは……しょうきに、もどった!」
どこか呂律の回らない口でそうカインが言うのと、セシルの腹部に衝撃を受けたのは同時だった。カインの肘打ちのせいだと気付いたのは一瞬後。鎧越しとはいえ衝撃とともに息がつまり思わず跪いたセシルの横をカインがすり抜ける。
その手にはしっかりと闇のクリスタルが握られていた。
「カ、イン……!」
「てっめぇ!」
痛みを堪えながらもセシルが名を呼び、エッジが怒鳴るとカインはふと足を止めた。そして天を仰ぎみるようにすると、歓喜の声で叫ぶ。
「これですべてのクリスタルが揃った! 月への道が開かれる!!」
その動作も口調も、カインのものではなかった。セシルはきつく眉をしかめる。
カインはそのまま走り去ってしまった。そうして聞き慣れたエンジン音が辺りに響く。飛空艇だ。
「そ、んな……。カイン……」
「何で……。カイン……あなた、ばかりが……」
がくりと膝からくずおれたローザの頬を、涙が一筋伝う。セシルはその言葉にうまく答えることが出来なかった。セシルの頭の中も何故という疑問符だけが占めつくしているような状態だった。
「セシル。……これから、どーすんだ」
感情を殺したような平坦な声でそう尋ねてきたのはエッジだった。それでもその冷静な態度が、セシルの思考を僅かに動かす。
「……ドワーフの城に。……報告と、これからの方針を……」
掠れた声では全部言葉にはならなかったが、それでもその意図は伝わったようだ。エッジが小さく頷く。
セシルが立ち上がると、ローザもややふらつきながらも立ち上がった。リディアは固い表情でカインが去った方向をじっと見つめていた。
そうして重たい雰囲気のままドワーフの城に帰還したセシル達は、クリスタルを守れなかったことをジオット王に報告した。ドワーフの王の表情が曇る。
「……そうか。こうなっては魔道船に頼るしか……。しかし、あれは伝説の存在……」
「魔道船?」
初めて聞く単語に首を傾げる一行に、ジオット王は頷いた。
「うむ。こんな言い伝えがあるのだ。……竜の口よりうまれしもの」
セシルはくっと目を見開いた。その言い伝えに聞き覚えがあったからだ。
「その伝承……ミシディアの!?」
その言葉に今度はジオット王の方が目を見張った。
「ご存知か!? ミシディアを!」
「地上の……魔道士の町です」
「何と! ミシディアは地上に存在したのか!」
ジオット王の声は感激に微かに震えていた。セシルはこくりと頷く。
「はい。長老が祈りの塔に入られていると思いましたが……」
「では……そのお方は復活させるおつもりか。大いなる船、魔道船を……!」
「ジオット王。その魔道船とは、一体……?」
「わしも語れるほど詳しくは分からぬ。だが、セシル殿。希望はまだ潰えてはおらぬ。ゆくのだ……ミシディアへ」
その言葉にでも、と表情を曇らせたローザが口を挟む。
「地上への穴は塞がれてしまっているわ」
「それにさっきちらっと見えたバブイルの塔が、変な風に光ってたぜ。クリスタルが全部揃ったせいだろうな。危なくて近寄れねーよ。……どうやって地上に戻るってんだ?」
肩をすくめたエッジの言葉に応じたのは、威勢のいい声だった。
「えーーーーいっ! 若いもんがなっさけない! 道がないなら切り拓けばいいだけの話じゃろうが! 今あるもんでどうにかしようとせんかいっ!!」
「「シド!!」」
セシルとローザが同時に振り返ると、そこには両脇にドワーフの看護師を従えたシドが胸を張って立っていた。
「ファルコンにドリルを装着させるんじゃ! それで岩盤を掘り進めながら地上に向えばいいじゃろ!」
「え……それ、可能なのか?」
セシルの言葉に、シドは鼻を鳴らした。
「バロン国一の飛空艇技師を舐めるでない! そんなの朝飯前じゃい! 待っておれ!」
そう言うとシドは飛空艇がわしを呼んどる! と叫びながら走り出してしまった。たまらずセシル達もその背を追いかける。それから、急ピッチでのファルコンの改造がはじまった。
途中、エッジを巻き込んでの大改造だ。けれど、シドは自分が認めた人間にしか基本的に飛空艇を触らせようとはしないから、エッジはシドのお眼鏡に適ったのだろう。つくづく、器用な男である。
そうしてわずか数時間のうちにファルコンの船首には巨大なドリルが装着されたのだった。