抜け道を守る兵士は、セシル達の姿を認めると一歩だけ横にずれる。軽く会釈をして進んだ抜け道は、セシル達が思っていたよりも広かった。
「……すごいわね。これ、抜け道っていうか……洞窟じゃない」
抜け道とは思えない規模の洞窟にローザが感嘆とも呆れともとれるようなため息をつく。
「おじいさんも、洞窟って言ってたよね。……これ、全部若様達で掘ったのかな……?」
呆然とした様子のリディアに、セシルも苦笑を浮かべつつたぶんね、と頷く。
「……アホだな。その若様とやらは」
鼻で笑うように言ったカインに、セシルはさらに苦笑を深くしてから、ふと表情を曇らせた。
「エブラーナも……国王と、王妃が……」
これで現在、世界にある国のうち統治者が無事なのはファブール、ミシディア、トロイアの三ヶ国になってしまった。つまり、世界の半数の国が統治者不在の状態なのである。
そんなことを思いながらも、気を抜くことはない。この抜け道にも魔物の気配が漂っているのだ。
「……セシル! あそこ、人に見えるわ!」
ローザが指し示した方向に視線を向けると、確かに道の端に人影のようなものが見える。だが、そこかしこに明かりは灯っているものの薄暗い洞窟では、それが本当に人なのかどうかは判別しづらい。
セシルは目を凝らしつつもそちらに近づくと、忍装束に身を包んだ男が一人倒れている。
「大丈夫ですか?」
駆け寄ると、男の肩が小さく動いた。見たところ大きな外傷もなさそうだ。リディアがほっと息をつく。
「ローザ……!」
「ええ」
頷いて回復魔法を唱えようとするローザを、しかし男は視線だけで制した。
「俺は……いい。これくらいの傷で死にはしないし……薬も、残ってる……。それより、若様を……!」
その言葉に、カインが膝をついて男に尋ねる。
「どういうことだ?」
「この、抜け道の先に……ルビカンテが……。若様はそれを追って……一人で、奥に……!」
「ルビカンテが!?」
「王子様一人で!?」
ローザとリディアの声が重なる。カインが小さく唸って額に手を当てた。
「……わかりました。僕らが追います。任せてください」
そう言うと、男は申し訳なさそうに目を伏せた。
「……すまない」
セシルは首を横に振って男に気にするなと伝えると、男を壁にもたれかけさせてその場を足早に離れた。
「ルビカンテに一人で挑むとは……無茶が過ぎる! アホか!」
呆れたような声で吐き捨てるようにカインが言う。
「熱くなると周りが見えなくなるって言ってたから、熱くなっちゃってるんだろう」
「そうね。国と、民と……もしかしたらご両親を殺したかもしれない相手を前にして、我を忘れてしまっているのかもしれないわね」
「急がなきゃ! 王子様が危ないよ!」
だが、急いでいる時ほど魔物に出くわすのが世の常だ。蝙蝠型の魔物が六匹セシル達の行く手を阻むように天井から舞い降りる。
フェイスバットとブラッディバットが三匹づつ。フェイスバットは磁力の洞窟でも遭遇したことのある魔物だ。
確か、吸血をする厄介な魔物だったなと思いながらセシルは剣を抜く。
「カイン! いくぞ!!」
「ああ!!」
戦闘が始まったが、ヤンが抜けた穴は思っていた以上に大きい。敵が強いこともあり、セシルとカインの攻撃だけでは倒しきれない。二人がかりでブラッディバットを一匹倒したものの、まだ敵は五匹もいるのだ。
「きゃあっ!」
呪文の詠唱を開始していたリディアに、ブラッディバットが噛みつく。リディアは慌てて、腕で蝙蝠を振り払った。
「……く、くらくらするぅ」
「貧血だわ。動いてはだめよ」
ローザはリディアを庇うように立つと、弓を引き絞り放った。鳴弦が洞窟内に響き、フェイスバットの脳天をあっさりと貫く。
「……ッサンダー!!」
頭を片手で抑えながらリディアが放った雷が、フェイスバット二匹をさらに倒す。しかし。
「……あれ? もしかしてブラッディバットって……雷が回復属性?」
より生き生きと動くブラッディバットを見て、リディアは頬に汗を浮かべた。
「しかし、敵の数は減った!」
そう叫びつつ繰り出されたカインの槍が、ブラッディバットの翼を貫き、セシルの切り上げるような一撃が魔物の胴を薙ぐ。そして再び響いた鳴弦とともに正確な矢の一撃が魔物の身体を打ち抜いた。
「……あと、一匹だ!」
「赤き業火よ! 不浄を滅す炎よ! 渦となりて、我が前の敵を焼き尽くせ! ファイラ!!」
少し復調したらしいリディアの放った炎が渦を巻いて魔物を焼き尽くした。どうやら弱点属性のようだ。
「ふう……。リディア、大丈夫か?」
セシルは剣を収めると、魔物を倒して安堵の息をついているリディアに駆け寄った。
「――ケアル」
ローザの癒しの光が、リディアをふわりと包み込む。リディアはにっこりとローザに笑いかけた。
「ありがと、ローザ。大丈夫よ、セシル」
「立てるか」
カインがリディアに手を差し出す。リディアは数度瞬いてその手を見た後、ふわりと笑った。
「うん、ありがとう。カイン」
差し出された手にすがって立ち上がると、リディアは前を見据えた。
「さ、行こう?」
その言葉に頷き、セシル達は再び抜け道を走り出した。