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    FINAL FANTASY W 〜霧の中の真実・5〜


    「……うぅ……」
     目を開けて真っ先に飛び込んできたのは、抜けるような青い空だった。
     何が起こったんだっけ、と霞がかった頭でぼんやりと考える。
    「……っ!?」
     そうだ。いきなり起こった大地震で、割れた大地に飲まれかけたのだ。
     慌てて身体を起こすと体中が痛んだが、幸いなことに大きな怪我は見当たらない。そのまま周囲を見回すと、すぐ傍に緑色の髪の少女が倒れていた。
     息を呑んで駆け寄り、その口元に手を当てる。
     規則正しい呼気を感じて、セシルは安堵の息を吐いた。
    「よかった……この子は無事か……」
     我知らずそう呟き、セシルははっと顔を上げた。親友の姿が、どこにも見当たらない。
    「カイン!?」
     立ち上がり辺りを見回す。
    「カイン!」
     応えがないか全神経を研ぎ澄ませたが、何の反応もない。セシルは小さく諦めの息を吐いた。捜したい気持ちはあるが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
     自分一人ならまだしも、意識を失ったままの少女がいるのだ。
     顔色の悪い少女を早くきちんとした場所で休ませてやりたい。その決断を、カインは責めたりはしないだろう。むしろ、やるべきことをやれと言いそうだ。
     セシルは少女をそっと抱き上げ、まじまじと見下ろした。
     先程大地震を起こした石の巨人。あれは、恐らくこの少女が召喚したものだ。力が暴走しているようにも見えた。この小さな身体に秘められた力は未知数。
     少女が目を覚まさないのは魔力を暴走させたことと、精神的な疲弊が原因に違いない。
    「……カイン。生きていてくれ……!」
     一度だけ振り返り、名残惜しそうにそう呟くと、セシルは少女を抱えなおしてその場を後にした。

     セシルは砂漠の中のオアシスの村・カイポの宿屋のベッドに少女を寝かせると、兜を外してほうっと息を吐いた。
     この少女を抱えての砂漠縦断は困難を極めた。魔物自体はそれほど脅威でもないのだが、何の準備もなしに万全とは言い難い状態で、しかも重い甲冑を身につけた状態だったのだ。よくぞここまで無事に辿り着けたと心底思う。
     セシルは篭手を外すと、氷水の入った桶ににタオルを入れ、固く絞った。少女の額にはりついた前髪をかきわけ、タオルを乗せる。
     先程、この宿の主人が持ってきてくれたものだ。
     気の良い人のようで、砂にまみれたセシルが顔色の悪い少女を抱えて入ると、お代はいいからとすぐにこの部屋に通してくれたのだ。
     少女の睫毛が震えた。セシルは息を呑み、少女の顔を覗き込む。少女はゆっくりと目を開けた。
    「……よかった。気がついたんだね……」
     語りかけると、少女は不思議そうな表情でセシルを見やり、小さく息を呑んで表情を凍りつかせた。
    「君には……たくさん、辛い思いをさせてしまったね……」
    「……」
     無言で視線を逸らす少女に、セシルは語りかける。
    「君の母さんは……僕が殺したも同然だ。許してくれなんて、言えない。……でも、ただ……」
     言葉の続きが気になったのだろう。逸らされていた翡翠の瞳が、セシルに向けられる。
    「君を……守らせてくれないか?」
     少女は無言で瞬いた。戸惑ったような複雑な表情をする少女に、セシルは笑いかける。
    「もう少し休んだほうがいい。……僕も休ませてもらうね」

     目を開けると、知らない天井だった。
     ここどこ……?お母さん……?
    しかし、自分の目の前にいたのは母ではなく黒い騎士で。 母がもうこの世にいないことを思い出した。目の前のこの騎士に殺されたから。
    瞬間、あの時感じた黒い感情がリディアの中に沸き起こったけれど、兜を取った黒い騎士の瞳が綺麗で、それでいて悲しそうで。
     何だか可哀相な人だと、そう思ってしまった。
     お母さんを殺した人なのに……。
     黒い騎士は謝らなかったが、それでいいのだとリディアは思う。
     謝られても、困る。何をしたって母は帰ってはこないのだから。
     この騎士もそれを分かっているから謝らないのかもしれない。そう思ったとき、もう一人、竜の兜の騎士がいたことを思い出した。
     リディアに槍を向けた、怖い人。あの人はここにはいないのだろうか。
     そして、黒い騎士の先程の言葉を思い出す。 守らせてくれ、なんて何でこの人が言うんだろう。
     今、その人は隣のベッドで眠っている。
     リディアは布団の中でぎゅうっと丸くなった。
     ここはどこなんだろう。あたし、どうなっちゃうの?
     分からない事だらけで、目の淵に涙が溜まる。
     その時だ。
     隣のベッドで眠っていたはずの人が飛び起きて、篭手を装着し始める。彼が重い鎧を着たまま床に就いていた事に、リディアは気付いた。
    「……なに?」
     ただならぬ空気に不安になって身を起こすと、兜をつけた騎士が驚いたようにリディアに視線を向けた。同時に、部屋の扉が乱暴に開かれた。
    「見つけたぞ! バロンの裏切り者め!」
     入ってきたのは三人の兵士だった。その中でも真ん中の偉そうな男がそう叫ぶ。
     黒い騎士がバロンの騎士なのだと、リディアはその時初めて知った。
    「やはりミストの者を匿っていたか! セシル。陛下の命令だ。その子供を渡してもらう」
     その言葉に、リディアはびくりと肩をすくませた。
    「……何故だ?」
     セシルと呼ばれた黒い騎士が、低い声で尋ねる。
    「何故、だと? 分かっているだろう。ミストの召喚士は危険な存在だからだ。その子供を渡せば、陛下もお前を許してくださるそうだぞ? さあ、渡せ!」
     兵士の言葉に、リディアは衝撃を受けた。
     危険だと、そう聞こえた。だから、母は死んでしまったのだろうか。村は襲われたのだろうか。……だから、外に出てはいけなかったのだろうか。
     肩が震えて涙が出た。けれど。
    「断る!!」
     セシルはきっぱりとそう言って、黒い剣を片手に兵士たちに立ち向かう。剣に疎いリディアから見てもセシルの強さは圧倒的で、三人組はあっさりと逃げていった。
     リディアはほうっと息を吐くと涙を拭いて、ベッドからそろりと降りた。目の前の人が、自分を守るために自分の国を裏切ったことが分かったから。
    「……ごめんなさい。あたしのせいで……」
     セシルは兜を取って、リディアと視線を合わせるように膝を付く。そして、首を横に振った。
    「いいや。謝るのは僕の方だ。……しかも、謝ってすむことじゃない」
    「でも……。守ってくれた」
     リディアは手を伸ばして、そっとセシルに触れた。セシルは驚いたように目を見開く。
     この人はリディアの母を殺した仇だ。分かっている。……でも。
    「あたし……リディア」
     悪い人ではないと、分かってしまったから。
     セシルは切なく微笑んだ。
    「ありがとう、リディア」

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