FINAL FANTASY W 〜霧の中の真実・1〜
辺境の村・ミスト。山間にある霧に包まれることが多い村は、その日も穏やかな空気に満ちていた。
この小さな村では事件など起こるはずもない、村中が家族のようなそんな村なのだ。
その村の端に建つ一軒家に、大きな袋を抱えた少女が駆け込んだ。
「お母さーん!はい、おいも!持ってきたよ!」
「ありがとう、リディア。重くなかった?」
母に大きな袋を渡すと、リディアと呼ばれた緑色の髪の愛らしい少女が得意げに笑う。
「うんっ!だいじょうぶよ。あたし、もう七歳だもん!」
「そうね。リディアはもうお姉さんだものね」
栗色の髪の女性は柔らかな微笑を浮かべながら、愛しげにリディアのふわふわの頭を撫でた。えへへ、とリディアは嬉しそうに笑う。
リディアはこうやって母に褒めてもらって、頭を撫でてもらうのが一番好きだ。村中の皆がリディアのことを可愛がってくれるけれど、母の手が一番暖かい。
「お母さん、あたしシチューがいい〜」
「あらあら。この前もシチューだったじゃない。リディアはシチューが本当に好きねぇ」
「だって、お母さんのシチュー、おいしいもん!」
そう言って母の腰の辺りに抱きつくと、エプロンからはお日様の香りがした。
暖かい手、暖かい匂い。全部、リディアの大好きなもの。
「じゃあ、そうね。……シチューにしましょうか。リディア、お手伝い出来る?」
「うんっ!できるー」
二人は笑い合う。父はいないけれど、寂しくない。いつだって大好きな母と一緒だから。
その時、母がはっと顔を上げた。
「……お母さん?」
呼びかけると、母は慌てて笑みを浮かべる。
「ごめんね、リディア。ちょっと待っててくれる? お母さん、お仕事入っちゃったみたい」
リディアは、ちょっとだけ残念そうな顔をしたが、こくりと頷いた。
「おしごと? 召喚士の?」
母はこの村でも数少ない召喚士の一人で。この村を守ることが仕事なのだとリディアは聞いていた。
「じゃあ、悪いやつをやっつけに行くのね!」
エプロンを外していた母の動きが、一瞬止まった。固まった表情に、何だか悪いことを言ってしまったような気分になる。
「あ、の……お母さん? あたし、悪いこと言った?」
おずおずと問いかけると、母ははっと我に返って笑みを浮かべた。若干、その表情が硬い。
「……あ、違うの。何でもないのよ」
「……本当に?」
不安そうに問うリディアに、母はやっといつもの優しい笑みを浮かべた。
「本当よ。……ごめんね、変な顔しちゃって」
悪戯っぽく言う母に、リディアはようやく安堵したように笑った。
「……じゃあ、リディア。お母さん行ってくるね」
そう言って玄関に向かおうとする母の黄色いスカートを、リディアは反射的に掴んでいた。母が不思議そうにリディアを見つめる。
「リディア? ……どうしたの?」
リディア自身にも何故自分がこんなことをしたのか、分からなかった。
自分はもう七歳で、お姉ちゃんなのだ。一人でお留守番だって何回もしている。寂しくなんてないのに。……なのに、何で。
リディアは、じっと自分の手を見つめた。この手を放してはいけない、そんな気がする。
「……リディア?お母さん、行かなきゃ」
母の大きな手が、優しくリディアの小さな手を包み込んだ。
「……うん。ごめんね、お母さん。何でもないの……。行ってらっしゃい」
そっと手を放すと、母はもう一度優しく笑って家を出て行った。リディアはその姿をじっと見送る。
小さな胸の奥に沸き起こった、自分でもよく分からない嫌な気持ちを押し込めて。