兜を取り、銀の髪を風に晒しながら。セシルはベッドの上から、夜空に輝く二つの月を眺めていた。
暗闇の中で白く輝く月は、不思議とセシルの心を落ち着かせてくれる。幼い頃から、セシルは月に不思議な感覚を覚えてた。懐かしさにも似た、不思議な感覚。
月明かりが差し込むだけの薄暗い部屋で、セシルは物思いに耽る。
陛下は、一体どうしたというのだろう。身寄りのない自分を、まるで我が子のように優しく厳しく育ててくれた、陛下。まるで人が変わってしまったかのようだ。
クリスタルのある地は、その恩恵を受けるとは聞くが、このような惨事を起こしてまでバロンに必要だとは、どうしても思えない。
高く響く靴音に、セシルは顔を上げた。ローザが部屋の入り口に立っていた。
「セシル……」
ローザが静かに部屋に足を踏み入れる。
「一体、何があったというの?急にミシディアに行ったと思えば、次は幻獣討伐だなんて……。ミシディアで何かあったの?」
セシルを案じる彼女の声も、今のセシルには辛いものでしかない。ローザに心配される資格など、自分にはありはしないのだ。
「……いや。何もないよ」
ローザの真摯な瞳から逃げるように、セシルは視線を窓の外に移す。
「だったら……こっちを向いて!」
セシルは小さく項垂れた。自分が情けなくて、ローザを見ることは出来なかった。
「僕は……ミシディアで罪もない人々から、クリスタルを奪った……。この暗黒騎士の姿同様、闇に染まってしまったんだ。……僕の、心も」
「……あなたは、そんな人じゃないわ」
ローザの労るような、優しい声音が心を抉る。
「いいや、違う!僕は……僕は、陛下の命令には逆らえない臆病な暗黒騎士なんだ」
「『赤き翼』のセシルは、そんな弱音は吐かないはずよ!」
凛とした声が、暗い部屋に響く。しかし、その後に続けられた言葉は、消え入りそうなくらいに儚かった。
「……私の好きなセシルは……」
儚く紡がれた言葉は、もちろんセシルの耳に届いていたけれど、セシルは聞こえなかった振りをした。それは、叶わない夢だから。
ローザが小さくため息を零す。
「……明日はミストへ幻獣討伐に行くんでしょう?あなたに何かあったら……私……」
不安そうに肩を震わせるローザに、セシルはベッドから立ち上がると笑いかけた。
「大丈夫。カインも一緒だ」
その言葉に、ローザが目に見えて安堵したのが、暗い中でも分かった。ローザとカインは幼い頃から家族ぐるみでの付き合いがあり、ローザはカインを実の兄のように慕っているのだ。
「さ、もう遅い。君も休むんだ」
優しくそう促すと、ローザは形の良い眉をきゅっと寄せ、それから仄かに微笑んだ。
「気をつけてね」
「ああ」
ローザは名残惜しそうにセシルを見ると、そのまま踵を返し、セシルの部屋を後にする。
「……ありがとう、ローザ。だが……今の僕は、君の気持ちには……」
闇に身を委ねる自分に、光の道を歩む彼女の気持ちに応える資格など、ありはしない。
……どんなに、望んでも。
セシルは暗黒の装備一式に身を包み、空を見上げた。
抜けるような青空。旅立つには絶好の日和だ。
「……行くか」
隣に並び立ったカインに、セシルは頷く。
「頼りにしてるよ、カイン」
そうして左手を拳を握って上げれば、カインが楽しそうに口元に笑みを浮かべ、右手拳を打ちつけた。
高い金属音が、早朝の城内に響く。
「フッ、任せておけ」
セシルは、一度だけバロン城を振り返った。
これが全ての運命の始まりだと知る由もないまま……。
二人は一歩を踏み出した。