記憶のうた 第六章:帰る場所(2)
「……あれ? でも、ウィルはソフィアのこと知ってたんだよね?」
リュカの問いに、ウィルは小さく頷く。
「ああ。……そもそも、この旅のきっかけが、記憶喪失のソフィアを拾ったから、だしな」
「そうだったんだぁ。……でも、何でエアリアル? やっぱ分かんないよ〜」
ウィルは一瞬だけ、考え込むように上を見上げた。
「……魔跡で、ソフィアの様子がおかしかっただろう?」
「あ、うん。そんでその後キメラと四ツ目狼に襲われたんだよね〜」
「そういえば、そうだね。その後、ソフィアが倒れたから、あやふやになっちゃってたけど」
「……その時、一時的にソフィアの記憶が戻った、らしい」
「「ええーーーーっ!?」」
同時に驚きの声を上げたのは、リアとリュカだ。ティアが微かに眉をしかめる。
「……らしい?」
「今は〜?」
軽い調子で尋ねるユートにソフィアは小さく首を横に振った。
「……思い出したことは覚えているんですが……」
「そうか。……残念だったな」
ティアの言葉に、ソフィアは曖昧な笑みを浮かべる。
「……きっかけは、天使像を見たことだと思う。俺は魔術には詳しくないから、どうしてその時に記憶が戻ったのかは分からないが……。せっかくエアリアルに行ける機会なんだ。これを逃す手はないと思うんだが」
「確かに、そうだよなぁ。クラフトシェイドは行こうと思えばいつでも行けるしね」
「そっか。そうだよね〜。うん、納得!」
「むぅ〜」
そこで、ティアが軽く首を傾げる。
「……しかし、そんな簡単に行けるものか? 複雑な作業と莫大な金が必要なのだろう?」
「あぁっ!? そうだよ! ……手持ちで足りるのか?」
「……だから、ガジェストールに戻るんだよ」
「え? 何々? 御大の家からお金でも出るの?」
「出ねぇよ! ……手続きは、結局ガジェストールを通すからな。普通よりは簡単に出来ると思う。……金は……まぁ、ガジェストールに戻る道すがら稼ぐとして……」
「それで足りるの〜?」
リアが無邪気に首を傾げる。
「いやまったく」
なにせ、莫大な金額を人数分だ。どんなに割りのいい仕事をこなしても、稼げるとは思えない。
「た、大変じゃないですかっ! ……どうするんです?」
ウィルはにっこりと微笑んだ。
「お前ら全員、俺に借金生活だ。仲間のよしみで無担保・無利子にしてやるから安心しろ」
「「…………ええーーーっ!?」」
宿屋に再度リアとリュカの声が響いた。
「おお〜。すっごぉい。ここがガジェストールの首都アンセルかぁ」
道中いくつかの仕事をこなし、いくつかのトラブルに見舞われながらも何とか無事にガジェストール王国の首都・アンセルに到着したのは、アスタールを経って一ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。
「おやぁ? お嬢、アンセルは初めて?」
「ガジェストールに来たこと自体、初めてなの〜! ユートちゃんは……初めてじゃないんだよね?」
「半年くらい前に、一度ね〜。第一王子の婚約会見を見に来た時に〜」
「それにしても、本当に凄いなぁ。機械国の名を冠するだけはあるよ……。ね、ティア」
「そうだな」
そんな会話を何となく小耳に挟みながらも、銀髪を深く被った帽子で隠し、眼鏡で変装したウィルは黙々と歩く。
「……ここが、ウィルさんの育った場所なんですね」
物珍しげに周りを見回しながら呟く、ソフィアにウィルは小声でそうだな、と零した。
「……っても、大半は家にいて、外に出るのはお忍びが多かったけど」
「インドア派かと思えば、意外とアクティブですよね。ウィルさんって」
小さく笑うソフィアの横に、ティアが並ぶ。
「ウィル。……先程からそこかしこから妙な視線を感じるような気がするのだが」
「あ? ……監視カメラとか防犯カメラじゃないか? この街、それこそそこかしこにそういうのが設置されてるぞ」
「姐さんってば監視カメラの視線まで分かっちゃうんだ〜。すっごいね〜」
監視カメラの視線というのは、正しい言葉なのだろうか。
そんなことを思いながらも、一同は城門の前に辿り着いた。見上げるほどに高い城門の前には門番らしきものの姿はなく、扉が固く閉ざされているだけだ。
「……無用心じゃないの? これ……」
リュカの言葉に、城門に近付き設置されたパネルを操作しながら、ウィルは事も無げに応じる。
「そうか? そこら中に監視カメラや防犯装置があるからめったなことはできねーし、声紋データと網膜パターンが入力されてるか王家発行の通行証がなきゃ扉はひらかねーし、無理矢理入ろうとしても中々に凄いことになるんだけどな」
言いながら、たんっとパネルを弾くと小さな電子音がして扉が開き始める。
「よし。……さっさと入れ」
「え? 私達、入っても大丈夫なんですか? 通行証とか持っていませんけど」
ソフィアの問いにウィルはにやりと不敵に笑う。
「俺が許可した。……何か問題でもあるのか?」
「おお〜。御大、かっちょいい〜」
ユートがぱちぱちと手を叩く。
「いいから入れって」
ウィルに促されて一行が扉を通過すると、扉はゆっくりと閉まっていった。