記憶のうた 外伝 巡る雨〜記憶:雨上がりの希望(2)
ノートパソコンを小脇に抱えたまま、ウィルはソフィアが休んでいる部屋の戸を三回ノックする。そうして耳を澄ませば、中からか細いながらも返答があった。
ティアの言葉どおり、確かにソフィアは起きているらしい。
その感覚の鋭さに感嘆を通り越して呆れ返りながら、ウィルはそっと戸を開ける。
「あ……ウィルさん」
「よう。……具合はどうだ?」
ベッドに伏せたままだったソフィアはにっこりと笑って大丈夫ですと頷き、体を起こそうとする。
ウィルはベッド脇の椅子に腰掛けながら、首を横に振った。
「いい。寝てろ」
「……はい。ありがとうございます」
仄かに微笑んだソフィアは、再び枕に頭を落とす。
「だいぶ、顔色よくなったな」
「はい。お薬も飲みましたし……明日にも旅は再開できそうですよっ!」
「ばーか。明日も休みって決めただろ。……一応、大事をとっとけ」
「……は〜い」
「あと……話がある」
ウィルの言葉に、ソフィアはふと表情を真剣なものに改める。
「……はい」
「エアリアルに……行こうと思ってる」
その言葉に、ソフィアは苦笑した。
「私が……魔跡で天使像に反応したから、ですね?」
「ああ。今から三ヵ月後、一週間だけエアリアルへの入国が可能になる。その為には、ガジェストールで手続きが必要だけどな。……クラフトシェイドに向かってる場合じゃないと思う」
「……分かりました」
そう言って視線を窓の外に向けたソフィアの顔がぱあっと輝き、勢いよく起き上がる。
「ウィルさん! 見てください! 虹ですよっ虹!」
「あ? ……ああ、そういやリュカもそんなこと言ってたな」
ウィルもソフィアに習って窓の外に視線をやれば、雨はいつの間にか止んでいて空には七色の橋がかかっている。まだくっきりと見えるから、しばらくはこの光景を楽しめるだろう。
ソフィアは嬉しそうに窓の外を眺めている。
「綺麗ですね〜」
「あー。まあ、そうだな」
「あ、ウィルさん知ってます? 虹のたもとには宝物が埋まってるんですよ〜」
「有名な話だな」
ウィルが頷いてみせると、ソフィアは窓の外に視線を向けたまま、微笑みを消した。
「……見つかるでしょうか、宝物……」
その言葉の本当の意味に気付いたウィルは、一瞬言葉に詰まった。
魔跡でのソフィアの断片的な言葉を思い出せば、指輪を解呪して記憶を取り戻すことが本当に彼女にとっての宝となるのか、正直なところ自信がない。
けれど、ソフィアが特殊な状態で記憶を失っている現状に不安を抱いていることも理解できて。
ふと視線を落とせば、ソフィアの手が小さく震えているのが見えた。
ウィルは僅かに悩んだ後、手をソフィアの頭に伸ばして、ぽんぽんと軽く叩いた。
「わ、わわっ!?」
「……そのために、旅してるんだろ。……みんなで」
ソフィアは呆けたような表情で、ウィルを見つめる。ウィルは不敵に微笑んで見せた。
「安心しろ。ちゃんと虹のたもとまで連れてってやる」
そうして、虹のたもとに……指輪の解呪方法にたどり着いた時、何がソフィアを待ち受けているかは分からないけれど。それでも虹のたもとを目指すことは、今のソフィアにとっては未来への希望と同等なのだろう。
ならば、ウィルはその場所にたどり着く手段を整えて、最善を尽くすのみだ。
ウィルの言葉に、ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。
「……はい!」
そして、二日後。彼らは新天地へと向けて、旅立つ。ソフィアの大切なものを取り戻す、そのために。