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    記憶のうた 番外編:結婚狂想曲(3)


     式は、荘厳な雰囲気の中で続いていた。
     花婿の入場から始まり、花嫁の入場。賛美歌と、神父の祈りの言葉。そして、指輪の交換。
     式が進むにつれて、ウィルの不快指数はじわじわと上がっていく。
     己の感情がはっきりと掴めなくて、それがさらにウィルを苛立たせた。
     ――……本当に、俺は何やってんだっ。
     本日何度目か分からない自問自答に、だから仕事だろと自分で冷静に突っ込みをいれ、心の中でこれまた何度目か分からないため息をついた、その時。
    「……それでは、誓いのキスを」
     神父が厳かに言った、瞬間。花嫁の肩が小さくはねたのを、ウィルは見逃すことが出来なかった。
     やっぱあいつも忘れてたな、とウィルは内心舌打ちする。
     ラルフがゆっくりと、ソフィアの顔を覆うベールに手をかけ、さらりという小さな衣擦れの音と共に、ソフィアの顔が露になる。ソフィアが、小さく俯いた。
     周囲の人間には、花嫁が衆人の前での口づけを恥ずかしがってるように見えたに違いない。
     ラルフの手が、ソフィアの頬にそっと添えられる。上向いたソフィアの顔にあるのは、隠そうとしても隠し切れない動揺と戸惑い。一瞬、ウィルと視線が合ったソフィアの瞳が、大きく揺らいだ。
    「――……っ」
     咄嗟に口が開きかけたのと。
    「わぁーっはっはっはっはっはっ!」
     ステンドグラスが割れる音と高笑いと共に、天井から黒い塊が降ってきたのは、同時だった。
    「うわわっ!?」
    「ふええっ!?」
     反射的にソフィアがラルフを突き飛ばしたことで出来た空間に影は降り立ち、すっくと立ち上がった。日の光の下、黒マントに黒いマスクといういかにも怪しげな出で立ちが全員の目にさらされる。
    「ふふふふふ……。怪盗二十.五面相、ただいまけんざーんっ!」
    「って何で小数点なんだよっ!?」
     反射的に突っ込んだウィルに、怪盗は楽しそうに指を振った。
    「ふっふっふっ。甘いね、青年。せっかく怪盗なんだから、何とか面相って名乗りたいじゃ〜ん。でも、二十面相も二十一面相も何だかな〜って思ったので、真ん中を取ってみました〜」
     マスクで声が篭っているものの、こんなふざけた意味の分からないまねをする人物を、ウィルは一人しか知らない。
    「意味分からねーしっ! 大体、世の怪盗物語はたいてい予告状出してくるだろうが! 今のお前は怪盗じゃなくって単なる不法侵入者だっての! 何の目的だ、お前はっ!」
     今までの溜まりに溜まった鬱憤を晴らすがごとく、怒涛のツッコミを入れると、怪盗はあれ〜? と首を傾げた。
    「出したよ? 予告状」
    「は?」
    「ええ? 僕……知りませんよ? 父さん?」
     ラルフが戸惑いの声を上げ、自分の父に視線をやるが、ラルフの父もそんなの知らないと首を横に振った。
    「……届いてないぞ」
    「あっれ〜? おっかしいなぁ。さっき出したのに。ポストに速達で」
    「アホかぁぁぁっ! 届くわけあるかっ! どう考えても明日着じゃねーかっ!」
    「おお! なるほど!」
     怪盗がぽんっと手を打つ。ウィルは頭痛を覚えてこめかみを押さえた。
    「でも、まあ怪盗は準備がいいからね〜。予告状も控えがあったり!えっとー、ぱらぱぱ〜」
     そう言って、変な効果音と共に胸ポケットから出した二つ折りの予告状を両手で持ち、腰を四十五度に曲げてラルフに差し出した。
    「はい、どーぞ」
    「あ……これはご丁寧に」
     名刺交換かよ! と突っ込む前に、ラルフが予告状を開き、読み上げる。
    「ええっと……今日の結婚式。美しき花嫁はいただいてくよ〜ん。……怪盗……二十.五面相」
    「はい、よくできました〜。そんなわけでぇ」
    「ひゃあっ!?」
     怪盗とソフィアの悲鳴にそちらに視線をやれば、怪盗がソフィアの腰に手を回して引き寄せていた。
    「予告状も出したし? 花嫁はもらってくよ〜ん。てりゃ〜」
     そう言って、黒いボールを地面に叩きつける。同時にもくもくと煙が上がった。
     結婚式の出席者達から悲鳴が上がる。
     同時に、怪盗の口から風と重力の呪文が流れ出る。
    「ま、魔術!?」
    「ほいっ! フロート! んじゃ、あでぃおーす!」
     天井の穴に向かって浮遊する、瞬間。怪盗がウィルに向かってウィンクしたのを、ウィルは見逃さなかった。
     ウィルは大きく息を吐き、顔を上げる。
     彼らの意図は大体分かった。後は、ウィルがラルフを外に誘導しなければいけないということも。
     未だに収まらない煙を掻き分け、ラルフに近付いたウィルは、こういうことはせめて相談してからやれ、という怒りを込めて、呆然と天井を見上げるラルフの胸倉を掴んだ。
    「っ!? ウィ、ルさん……?」
    「てめ、何を呆けてやがる……!」
     ウィルの声が、静かな怒りを帯びている。ざわめきに満ちていた大聖堂に静寂が降りた。皆が、ウィルとラルフの一足一動に注目している。
    「あいつと結婚させてくれって泣きついておいて、このザマか。目の前でまんまと攫われやがって……!」
     大まかには間違っていない。ラルフが結婚してくれと泣きついてきたのは、事実だ。ウィルではなくソフィアに、だが。
    「追いかけて取り戻すって根性がないなら……あいつは、渡さない」
     冷ややかにそう言って掴んでいた胸倉を放し、くるりと踵を返す。
    「ど……どこに?」
    「決まってんだろ! ソフィアを……妹を攫ったあのあほ怪盗を捕まえて、取り戻す!」
     ウィルはそう言って、駆け出す。背後で、ラルフがはっと息を呑んで「ぼ、僕も行きます!」と叫ぶのを聞きながら。
     ウィルが勢いよく大聖堂の扉を開け放つと同時に、甲高い竜の鳴き声が響いた。
    「な、何の鳴き声だっ!?」
     ウィルの後ろで、出席者達が再びざわめく。ウィルはそれを無視して、ちらりと視線を巡らせ、微かに目を丸くした。
     大聖堂の扉の右手側。ラルフと打ち合わせた酒場へと続く裏路地への入り口で、ぽちが樽の上に腰かけて、おいでおいでという風に腕を揺らしている。軽く、怪奇現象だ。
    「ウィ、ウィルさ〜ん。今の鳴き声は……!」
     ようやく出てきたラルフと、後を追うように次々と出てくる招待客にウィルは微かに目を細め、息を吸った。大空を指差し。
    「あそこだっ!」
     叫ぶと、その声が聞こえたのか、飛竜が低空飛行で旋回する。その飛竜の背には、黒いマントを靡かせた男と、その足元に蹲っているため、白い塊にしか見えない花嫁の姿があった。
    「のわははは〜っ! こーこまでお〜いで〜っ!」
     完全に馬鹿にした態度で怪盗はそう言うと、再び高く宙を舞った。全員の注目が飛竜と怪盗に向いているのを確認すると、ウィルはそっとその集団から抜け出す。
    「……ウィル、待って。これ」
     ぽちが手招きする裏路地に向かおうとしたところで、近くの木の陰からリュカに呼び止められた。
    「それだと目立つから、この外套と帽子被ってって、ユートが。あと、これ」
     手早く変装したウィルに、リュカはさらに大きな袋を渡す。
    「ソフィアに持っていってあげて」
     そう言って笑うと、リュカは自然に出席者の集団に紛れ込み、叫んだ。
    「ラルフ! お嫁さんを追いかけて取り戻さなきゃ! お兄さんはもう行っちゃったよ?」
     ウィルはそのまま裏路地へと走る。芝居がかったリュカの言葉を聞きながら。
    「君、ハネムーンのために旅の準備をしてたじゃないか! すぐにこの村を発てば追いつけるよ、きっと!」
     とんだ茶番劇だと、そう思った。

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