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    記憶のうた 番外編:結婚狂想曲(2)


    「ぎ……吟遊詩人、ですか?」
     目をぱちくりとするソフィアに、ラルフは大きく頷いた。
    「はい! それには、この村ではだめなのです! もっと大きな街に行って……修行を積んで……そしてゆくゆくはレント国の音楽の都へ……!」
     そう語るラルフの瞳はきらきらしてた。彼の声は確かに美しい。容姿もかなりのものだから、あとは歌が上手ければそれなりに名の売れる吟遊詩人にはなれるだろう。
    「へ〜。そこまで言うなら、自信あるんでしょ? ちょっと歌ってみせてよ〜」
     ユートがカウンターに頬杖をついてにやにや笑いながら言う。ラルフはぱっと顔を輝かせ、大きく頷いた。
    「はい! もちろん! では自作の……勇気の歌、いきますっ!」
     やけに自信満々に拳を握ってラルフは立ち上がると、すうっと息を吸った。

       人生に必要なのは〜愛と勇気ぃ〜
       愛があれば何にも負けなぁぁい
       だって愛の力は最強だから〜♪

     待て、と思った。
     確かに、声はいい。それは認める。だがしかし、音程という言葉を知っているのかと突っ込みたくなるほどの見事な音の外しっぷりはいかがなものか。声がいいだけに、余計ひどく感じる。

       そして勇気ぃ〜
       勇気があれば何だって出来るぅ〜
       あんぱんだって空を飛ぶ〜♪

     だから待て、という突っ込みも自己陶酔の域に入りかけているラルフには聞こえないだろう、恐らく。
     というか何なんだこの歌詞は。初等教育中の子供だってもう少しましな詩を書くのではないだろうか。
     曲が終わったのだろう。ラルフがぐっと右手を突き上げた。そのやってやったぜ! とでも言いたげな態度はなんだと突っ込みたいが、そんな体力も今の短い曲で尽きてしまった。
    「……あんぱんは空を飛ぶのか……。興味深い歌だ……」
    「……うん、そーかもね……」
     いつもは力一杯ティア至上主義のリュカも、さすがにティアの言葉を全面肯定する気にはなれなかったらしい。力なく、頷いた。その傍で、リアがぽちをぎゅっと抱きしめ、えぐえぐと泣いている。よほどの精神ダメージだったらしい。
     椅子に座ったソフィアも視線をラルフから外し、沈黙を貫いている。その横顔が微かに青い。
    「……何で歌えって言った……ユート」
     八つ当たりだと思いつつ、げんなりとした口調で言えば、カウンターに突っ伏したユートがその体勢のまま唸るように応じた。
    「……いや、まじごめん。ちょっと予想外デース……。それにしても、俺様別の意味で感動しちゃったわ〜。……音楽って殺傷能力あるのね……」
     確かに、そういう意味で言えば感動的だったかもしれない。この短い間に物凄い威力の精神攻撃を食らってしまった。しかし、それはウィルが音楽に求める感動とは違う。
    「今、感動って言いました!?」
     現世に戻ってきたラルフが顔を輝かせる。そこだけ拾うなと言ってやりたい。
    「ねぇ、どうでした!? 僕の歌っ!?」
    「……御大、こういう知的教養ばっちりでしょ? 何か言ってやって……俺様には荷が重いわ」
     ウィルはうっと言葉に詰まった。目の前のラルフはきらきらとした目で、ウィルを見てくる。ウィルはこの手の目に異常に弱かった。
     それに、頭ごなしに批判するほど子供でもない。残念なことに。
    「……えらく、独創的だった……」
     絞るような声音で、そうとだけ告げる。本当に独創的だった。歌詞も、音程も。悪い意味で。
    「やっぱりそうですか!? みんなそう言うんです! やっぱり僕、吟遊詩人になります!」
     何故かラルフは自信を深めてしまった。ウィルも、彼らの前にラルフの歌を聴いた人達も何一つ褒めていないというのに。
    「ね? だから、お願いします! 依頼を引き受けてください!」
     ラルフが深々と頭を下げる。何とか立ち直ったソフィアが小さく首を傾げた。
    「でも……なんで私なんですか?」
    「それは……そちらのお嬢さんだと、僕にロリコン疑惑がかかりますし……。そちらの方は綺麗過ぎて気後れがしますし……。それに、あなたが一番僕のタイプなんです!」
     ラルフの言葉に、ソフィアは頬を紅潮させた。美青年にタイプですと言われれば、悪い気はしないのだろう。
     そのソフィアの反応に、ウィルは微かな不快感を覚えたが、ラルフの言葉にその曖昧な感情は霧散する。
    「お願いします。お礼は……これくらいでどうでしょう?」
     いきなり礼の話かよ、と思わなくもなかったが、今のウィル達はエアリアルに渡るために少しでもお金が必要なのが現状だ。
     そして、ラルフが提示した額は、かなり破格の額だった。
    「……ど、どうしましょう? ウィルさん」
     困ったようにこちらに視線を向けるソフィアに、ウィルは息をついた。
    「どうしましょうも何も……メインで依頼受けるのはお前になるじゃねーか。……お前が決めろ」
     その言葉に、ソフィアはしばらく黙り込み、それから頷いた。
    「……お受けします、ラルフさん」

     教会の花嫁の親戚の控え室で。タキシードに身を包んだウィルは一人、疲れた息をついた。
     あの歌のせいで、今日の体力値は底を突いてしまった気がする。正直休みたいのが本音だが、そうもいかない。
     その時、部屋にノックの音が響いた。
    「失礼します、ウィリアムさん。ラルフです」
    「ああ……。どうぞ……」
     ウィルの体力を尽きさせた元凶の登場に、ウィルややうんざりと返事した、仕事の依頼人だから追い返すわけにはいかないし、歌があれなだけでラルフは基本的には悪い人間ではない。
    「今日はよろしくお願いします。我が花嫁のお兄さん」
     依頼を正式に受けると決まった後に打ち合わせた、ウィルの設定だ。
     この場では、ウィルはラルフの花嫁であるソフィアの唯一の肉親である兄、ということになっている。
    「あれ? ……他の皆さんは?」
    「さあな。何か準備があるって出て行ったが」
     準備とは、ラルフが村を出るための準備だろうか。
     結婚式の後ハネムーンと称して村を出て、そのまま行方をくらます、というのがラルフが立てた今回の計画の全貌だった。
    「そうですか。……ところで、ウィリアムさんとソフィアさんって、恋人同士なんですか?」
     いきなりの質問に。
    「はあっ!?」
     ウィルの声がかなり上擦った。
    「べ、別にそんなんじゃない! 仲間だ、仲間っ!」
     そう言うと、ラルフはほっと笑みを浮かべる。
    「……そうでしたか。……よかった」
     その言葉の真意が掴めずにいるウィルに、ラルフはさらに追い討ちをかけた。
    「いくらお仕事とはいえ、本当の恋人の前で誓いのキスなんて気が引けますから」
    「……っ!?」
     その時、タイミングよく大聖堂の鐘が鳴った。時間を告げる鐘。もうすぐ結婚式が始まるという合図の音だ。
    「あ、じゃあ僕はもう行きますね! 変なことを聞いてすみませんでした〜」
     ばたん、と扉が閉まるのを。ウィルは無言で見送った。動けなかった。
    「……そういや……あったな。そんな儀式……」
     歌の衝撃のせいか、すっかり忘れていた。
     再び胸の内に起こる不快感に戸惑いながら、ウィルはこめかみを揉む。
    「……ソフィア。あいつも忘れてんじゃねーだろうな?」
     ウィルは複雑な感情に、重いため息をついたのだった。 

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