INDEX オマケその1

    記憶のうた 番外編:Re:Sweet plan


     リュカとユートという非常に珍しい二人組みの訪問に、ウィルは思わず仕事の手を止めた。
    「……珍しいな。何だこの変な組み合わせは」
    「俺様もわっかんな〜い。いきなりここまで連行されたから。……で、何か用? 坊や」
     いつもならここで坊やって言うな、と怒り出すリュカなのだが、今日は違った。
    「あ、あのさ。ほ……ほ……」
     口ごもるリュカに、ウィルは眉をしかめ、訝しげな顔をする。
    「頬?」
    「何〜? 引っ張るの? うりゃ〜っ。あ、もち肌」
    「ひはうっ! あにふんだよっ!?」
     リュカの言葉を勝手に解釈し、にょーんと頬を引っ張り出したユートを、頬を引っ張られたままのリュカが睨み付ける。
     その光景にウィルは息を吐き、目の前のパソコンの画面に視線を戻した。
    「お前らうっさい。執務室でじゃれるな。用ないなら出てけ。仕事の邪魔だ」
     ウィルの言葉を受けて、リュカはユートの手を振りほどく。
    「〜〜っいい加減離せよ、ユート! ってゆーか、じゃれてないから!」
    「え〜。俺様物凄く楽しいのに〜」
    「僕は楽しくない! ……ってそうじゃなくて、用事だよね。用事。えーとさ、ホワイトデーって知ってる?」
     リュカの言葉に、ウィルとユートは顔を見合わせた。
    「……ああ、お菓子の街のバレンタインのお返しイベント、だよな?」
    「御大、知ってるんだ。さっすが! もちろん俺様も知ってるよ〜。ああ、さっきのほってホワイトデーのホだったんだ」
    「……何であんなにどもってんだ」
    「だ、だって! ティアから貰えたんだよ!? お返しどうしようって思ったら、今から渡すの緊張して!」
     それは随分と気の早い話だ。今の様子じゃ用意もまだだろうに。
    「おお、坊や姐さんから貰えたんだ。義理チョコ?」
    「義理って言うな! 感謝チョコ! ホットチョコレート貰ったの! すっごい美味しかった……」
    「何か、自分が飲もうと思って温めてたらリュカが来たからついでに渡してみた、みたいなプレゼント内容だな。……すまん、泣くな。俺が悪かった」
     ウィルの言葉に滝のような涙を見せるところを見ると、それに近いような状況だったに違いない。
    「い、いーんだ! 貰えたんだし! ……で、話を戻すけど。二人ともお返しは用意した?」
     リュカの問いにウィルはパソコンから目を離さぬまま、頷く。
    「まあ、一応」
    「俺様もぬかりはなくってよ!」
     その言葉に、リュカが残念そうな顔をした。
    「ええーっ!? じゃあ、まだ用意してないの、僕だけ!? まだだったら、一緒に買いに行こうと思ったのに」
     リュカの言葉に、ウィルは頭を抱えた。
    「待て。何で大の男が三人頭並べて、ホワイトデーのお礼を買わなきゃいけねーんだ。状況的に嫌すぎだろ、それっ!」
    「確かにねぇ。俺様たちだけでファンシーなお店に入ってる図とか可愛いお菓子眺めてる図とか想像すると超キモイ。……何考えてんのさ、坊や」
     この国ではホワイトデーなんて文化は一般的ではないのだし、周囲から浮きまくることこの上ないだろう。一人きりなら彼女へのプレゼントだとか好意的に解釈されそうだが、集団だと怪しすぎる。
    「うう……。だって、何贈るかまだ決まってないんだよ〜。だから、一緒に行けば参考になるかなって」
    「姐さんなら甘い物贈れば喜んでくれるんじゃーん? もしくは可愛いグッズ」
    「やっぱそれしかないかなぁ。こう、捻りの利いたものを贈りたかったんだけどなぁ……はあ、どうしよう〜」
     本格的に頭を抱えるリュカに視線をやり、ウィルはため息をつく。
     何を返すかはさして迷わなかったが、返すタイミングが少しばかり困るかもしれない。そんなことを思って。

    「……熱心だな」
     いきなりかけられた声に。本に集中していたらしいソフィアは、文字通り飛び上がった。
    「わきゃーーっ!?」
    「うおおっ!? ってまたかっ!」
     図書館に他に人がいなくてよかった、と思いつつ既視感いっぱいのソフィアの反応に即座に切り返す。
    「あああ、ウィルさんっ! び、びっくりしたです〜っ。い、いつの間にっ。しゅ、瞬間移動ですか?」
    「んな訳あるかアホ。普通に扉から入ったわ! ……結構前からいたんだけど」
    「き……気づきませんでした」
    「らしいな」
     しゅんと肩を落とすソフィアに、ウィルは小さく肩をすくめる。よっぽど集中していたらしい。
    「……何読んでるんだ? 魔術系の本じゃねーよな」
    「あ、はい。魔術系のものは数も少ないですし、読み終わってしまって……。今は、この国の御伽話を読んでるんです。これ、子供向けなんですけど、挿絵が可愛いんですよ〜」
     そう言って笑うソフィアは楽しそうだ。一つの場所に留まることも、ゆっくりと本を読む時間もなかった旅の間では、知ることが出来なかった一面だ。
    「ふーん。ここは結構蔵書あるぞ。……兄上が電子書籍使えないからな」
    「あ、はは。……でも、私はこういう紙の本の方が好きです。電子書籍だと軽くて便利ですけど、本を読んでる感じがしないんですよね、なんだか」
     それは少しわかる気がしたので、ウィルは一つ頷くと持ち歩いていた紙の袋を取り出した。そのまま、本の傍にその紙袋を置くと、ソフィアが不思議そうに瞬く。
    「……ふえ?」
    「お返し。バレンタインデーの」
     短くそう言うと、ソフィアは紙袋を見つめたまま何度か瞬き。
    「ふ、ふえええええっ!?」
     ようやく理解したらしく、絶叫した。そのソフィアの額を、軽く弾く。
    「……うっさい。ここ図書館だぞ。大声厳禁」
    「あああっ、すみません〜! で、でも……お返しって」
    「ティアから聞いてないのか? ホワイトデー。……簡単に言うと、バレンタインのお返しイベントの日」
    「は、初めて聞きました……」
     それから、ソフィアは困ったようにウィルを見上げる。
    「で、でも……私、お礼のつもりだったのにさらにお返しって、どうすれば……クッキーも割れちゃってましたし……。戴いて、いいんでしょうか……?」
    「気にすんな。もらっとけ。……お前のために選んだんだし」
     その言葉にソフィアはうっすらと頬を染め、それから紙袋を大事そうに抱えると、幸せそうに笑った。
    「ありがとうございます! すごく、すっごく嬉しいです」
    「……そりゃ良かった」
     ウィルはそう呟いてふいっと視線をそらした。
    「あ、ストロベリー・ティー! チョコティーも!」
     ソフィアの弾んだ声に、ひとまず喜んでもらえたかと内心でほっと息を吐く。
    「ウィルさん! お茶しましょう! 私、このお茶淹れます! ……って、忙しいですよね」
     興奮したまままくしたてたソフィアは、はっと我に返り、すぐに肩を落とす。その表情の変わりように、ウィルは小さく笑った。
    「いい。休憩にする。疲れたし、ちょっと腹減ったし」
     我ながら甘いな、と思いつつの言葉に、ソフィアの顔がぱっと明るくなる。
    「じゃあ、お茶菓子も用意しますね! この前、美味しいお菓子を買ったんですっ」
     そう言って立ち上がったソフィアは、ちょっと待ってて下さいね、と本を本棚に戻すと、笑顔でウィルの元に駆け寄ってくる。
     ウィルは小さく微笑んで、それを迎えたのだった。 

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