突如開けた視界と外の明るさに。薄暗い広間に慣れた目はついていけず、目が眩んだ。
「うわ、まっぶし……!」
「本当です〜……。ああ、太陽がもうあんな位置に……。随分長い時間、あそこにいたんですね。私達……」
「本当だ。日が西に傾きかけてるなぁ……」
ようやく光に慣れてきた雅は空を見上げて、太陽の位置を確認してみる。太陽は確かに高い位置にあった。晄潤の家から地下に入ったのは朝だったから、太陽の位置から時間を推測する芸当を持ち合わせていない雅にも相当な時間がたったことくらいは分かった。
雅は視線を空から地上に戻すと、ぐるっと辺りを見回す。近くに集落が見えた。
「えっと……あそこに見えるのって胡蓮の村?」
「そうですよ。……何だか色々とありすぎて、ここから旅立ったのがずっと前のことみたいですね」
「ああ、確かにな。……まずは、村長に報告かな」
慧の提案に雅は無言で頷いた。挨拶をしなくてはならないし、何より雅の制服を預けているのだ。顔を出さない訳にはいかない。
「じゃあ、行きましょう。雅ちゃん、ご案内します」
雅は慧と春蘭の後ろについてゆっくりと歩いていく。そうして胡蓮の村を見回した。召喚されたその日に一晩を過ごした村ではあるが、こんな風にきちんと眺めるのは初めてだ。
これが慧と春蘭が過ごしている村なのかと思いながら歩いていくと、目の前に見覚えのある建物が見えてきた。胡蓮の村長である稜の家だ。
春蘭が扉を数度ノックする。返答はすぐにあった。
「……どなたかな?」
「春蘭です。帰還の報告に参りました」
「春蘭!?」
驚きの声とともに扉が開く。目の前に現れた見事な白髪と髭の老人は春蘭、慧と見た後に雅を見つめる。雅は小さく微笑んだ。
「……お久しぶりです、稜さん。陰羅を倒してきました」
「おお、雅様……。よくぞ無事で……!」
感極まった稜は、三人を家の中に招き入れたのだった。
稜に陰羅を倒した報告と別れの挨拶を済ませた雅は、制服に着替えて最初に召喚された草原に立っていた。
雅の目の前には慧と春蘭がいる。召喚された時とまるっきり同じ立ち位置だ。
そこから見える景色を、雅は目を細めて見つめていた。天界に滞在したのはおよそ一週間。その程度の帰還で景色が大きく変わることなどない。けれど、天界で雅が体験したことを思うと何も変わっていないのが不思議なような気がして仕方がない。
それほど長い時を過ごしたような錯覚に陥る一週間の旅路だった。
「み、雅ちゃぁぁぁん……」
春蘭の瞳からは既に涙が滝のように溢れていた。
「す、すみません……こんなに泣いて……。雅ちゃんが元の世界に戻れるんだから喜ぶべきなのに……」
涙声で切れ切れに話す春蘭に、雅は小さく笑うと春蘭をぎゅうっと抱きしめた。春蘭も力強く雅を抱きしめ返してくる。
「うん。……あたしも、嬉しいけど寂しい。……せっかく仲良くなれたのに」
「うう……雅ちゃん、お元気でっ……」
「春蘭も、元気でね」
雅はそう言って春蘭の頭を撫でる。春蘭は小さく頷くと、そっと雅から離れた。そうして、雅を元の世界に帰す魔法のために、精神の集中に入る。
「……慧」
雅は慧に向き直ってそっと名前を呼んだ。
思えばずっとこの人に助けられてきたと思う。この人がいなかったら、雅が再びこの場に立つことは恐らくなかっただろう。
「……どうした?」
黙りこんでしまった雅に、慧が穏やかに笑いながら首を傾げる。
その慧の大人びた笑顔を見つめながら、雅は首を横に振る。
「……何でもない。……ありがとうね、慧」
「それはこっちのセリフだな。……ありがとう、雅」
雅は小さく笑うと、そうだと呟いて首にかけたままだった勾玉を外して慧に差し出す。
「……雅?」
「三種の神器、何でしょ? 中央神殿に返さなきゃね」
そう言って笑うと、慧に勾玉を渡した。この勾玉の役目は雅の力を守り、引き出すこと。魔法を使うことのない地界では無用のものになるはずだ。ならばこれは返さなければならないものだろう。
「……雅」
慧が複雑そうな表情で雅を見つめてくる。雅はふっと慧から視線を逸らした。勾玉を手放すということは、天界との関係を断ち切ることと同じだ。
お互いにその方がいいのだろうということは、分かっている。雅がここに来ることなど、二度とあってはならないだろう。けれど、勾玉を手放すことに躊躇している自分がいることも確かで。
そんな複雑な葛藤を慧に見透かされそうな気がして、最後の時だというのに、雅は慧と視線を合わせることが出来なかった。
その時、慧と雅の間に風が吹いた。