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    蒼穹の狭間で  蒼穹の狭間で(7)

     羽音のする方向に顔を向けた雅は、小さく首を傾げた。
    「……ハト?」
     雅の視線の先には、天井近くを旋回する白っぽい鳥の姿がある。薄暗いせいで姿形ははっきりしないが、何となくハトに近い印象だ。小さく呟いた雅の横で、春蘭が目を見開いた。
    「似てるけど、違います! 晄潤様ですよっ!」
    「えっ? あのハトがっ!?」
     というか、天界にハトっているのか。そんなくだらないことを考えながら雅はその鳥をまじまじと見つめる。
     言われてみれば確かに、白い鳥からは晄潤の気配がする。そもそも晄潤は人ではなく、神鳥だったという事実も思い出した雅は、呆然とその鳥を見つめる。
     神鳥ときいて無意識に鳳凰のような姿を想像していた自分に気付いて、雅は小さく苦笑する。でもそれは無理もないことではないだろうか。
     ばさりと大きな羽音と共に、その鳥は広間中央の台座に降り立った。近くで見てみれば、確かにハトとは異なる鳥のようだ。まず身体がハトよりも大きい。羽もただ白いのではなく、淡い光を放っている。だからこそこの薄暗い場所でその存在をあっさりと見つけることが出来たのだと、雅は今更ながらに気付いた。
    「えーっと……晄潤、さん?」
     何となく呼びかけてみると、鳥は可愛らしく首を傾げた。
    「ええ、そうですよ。雅」
     今にも「くるっぽー」などと鳴き出しそうな愛らしい仕草で、その鳥は晄潤の声を発した。
     これほどまでにはっきりと人語を解する鳥に激しい違和感を覚えつつも、雅は何とか会話を続ける。
     雅の中の「ここは異世界。剣と魔法の世界。何が起こっても不思議じゃない」という魔法の言葉は、未だに有効だ。
    「……そういうお姿だったんですね……」
     それでもどこか間抜けな返しになってしまったのは、陰羅を倒して気が抜けたせいか、それとも単純に事態についていけていないせいだろうか。
    「はい。可愛いでしょう?」
     穏やかな声音でそんな問いかけをしてくる晄潤。その調子に、穏やかな笑顔が見えた気がした。
    「あ、はい」
     神鳥なのでもっと威厳がある姿だと思っていました、なんていうやや罰当たりな感想を抱いていることは胸にしまっておこう。雅はそう思いながらも反射的に頷いていた。
     既に十分失礼な気がするのは、気のせいだ。
    「さて……雅、慧、春蘭。……お疲れ様でした」
     晄潤の声音が真剣なものへと変わる。雅は思わず居住まいを正していた。
    「陰羅の気配は完全に消えました。もう伝説が繰り返されることはありません。……ようやく、光鈴の願いが叶った……」
     最後に小さく呟かれた言葉には、様々な感情が込められていた。晄潤はこの伝説を終わらせるために永い時を生きてきたのだ。この瞬間が来ることを一番願っていたのは、晄潤だったのかもしれない。
    「雅……本当にありがとうございます」
     そう言ってぴょこんと晄潤が頭を下げた。
    「この世界を救ってくれて。……そして、生きていてくれて」
    「……晄潤さん」
    「さあ……。あなたは本来いるべき世界に帰らなくてはなりません。大切な人達が心配しているでしょう?」
     そう言って晄潤がばさりと羽ばたいた。
    「その為には、春蘭が雅を召喚した場所まで戻らなければなりません。一度召喚の儀を行った場所からなら、地界への扉は開きやすいはずです。春蘭、あなたが巫女を務めているのはどこですか?」
    「は、はい! 胡蓮です!」
    「では……そこまではお送りしましょう」
     そう言うと同時に、晄潤の身体が淡く光を放つ。同時に強い力が晄潤に集まっているのを感じた。
    「雅……。お別れです」
     その言葉に雅は背筋を正すと、深く頭を下げた。
    「晄潤さん。お世話になりました。ありがとうございました」
    「それは、私が言うべき言葉です。あなたのおかげで、止まったままだった私の時も再び動き出しました。ありがとう、雅。……あなたの幸運を、この地より祈っていますよ。どうか、お元気で」
     雅は下げていた頭を上げて、晄潤に笑いかけた。
    「はい。……晄潤さんも、お元気で。……さよなら」
     その言葉と同時に、雅達の足元に光の魔法陣が浮かぶ。そうして、三人の姿は一瞬にしてその場から消えた。それを見届けた晄潤は再び台座に降り立つと、しばらくの間雅が立っていた場所を見つめていた。
    「さようなら。……地界の少女」
     静かで穏やかな声音が、薄暗い広間に静かに響き渡った。

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