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    蒼穹の狭間で  6.それぞれの決意(3)

     雅達が井戸の中へと降りて行ったのを見送って、晄潤は目を細める。
     幾度となく、こんな風に誰かの背中を見送って来ただろう。その中でも一番古い記憶を思い出し、晄潤は辛そうに顔を歪めた。
     未だに鮮明に脳裏に蘇るのは、はるか昔の記憶。光鈴と最後に会った時のことだ。己の命を懸けて陰羅を封じることを決めた彼女は、煌輝に別れを告げた後、八咫鏡を持ってこの場所に現れた。この森を住処としていた晄潤の元へと。
     鏡と導き手としての使命を晄潤に託し、来たるべき未来のために様々な術を施して。そうして、彼女は陰羅と対峙するために去って行った。
     ――そなたにも辛い思いをさせるな。……すまない。
     己の無力さを悔やむしかない晄潤に、そんな言葉と寂しそうな笑顔を残して。
     一番辛いのは命を懸けても残酷な伝説しか残せない彼女の方であるはずなのに。
     その笑顔と声を未だに忘れられないでいるのは、伝説を幾度も繰り返し、似たような別れを何度も経験しているからだろうか。
    「……どうか、ご武運を」
     今度こそ、この悲しい伝説が終焉を迎えますように。光鈴の望みが、夢見た未来が訪れますようにと願って。晄潤は目を伏せて一度だけ大きく息を吸う。そうして、光鈴の術の維持に全霊を傾けるべく精神を集中するのだった。

     慧の持つカンテラの明かりに照らされたその場所を見て、雅は思わず目を丸くした。
    「……広いね」
     ぽつりと呟いた声が思っていた以上に反響して、雅は慌てて口を抑える。井戸の中は思っていたよりも広く、三人が横に並んで歩けるほどだ。
    「ああ。……元々、ここって隠し通路として作られたみたいだな。水が通っていた形跡がまったくない」
     足元を照らした慧の言葉に、雅はそうなんだと曖昧に頷く。視線を落としては見るものの、水の形跡など雅に分かるはずもない。明るい日の光の下で見たとしても、結果は同じだろう。
    「……陰羅のいる場所に続くというから、どれほど恐ろしい場所かと思っていましたが……光鈴様の術の効力でしょうか……。とても、清浄な気配で満ちています」
     春蘭が目を細めてそう呟いてから、どこか安心したように息をついた。
     それは確かに雅も感じていた。薄暗く閉鎖した空間にいるはずなのにどこか暖かく心地いいとすら感じるのは、辺りを包み込む暖かな気配のせいだ。
    「ここから一時間くらいって言ってたよね……」
     雅はそう言ってから、ふと後ろを振り向く。後ろにも闇が広がっていて、それがどこまで続いているのかは分からない。少なくともカンテラの明かりが届く範囲では、行き止まりのようには見えない。
    「……どっちに進めばいいのかな?」
     地上に戻って晄潤に聞いてみるべきだろうか。
     かなり間抜けな気はするが、陰羅の気配の欠片も感じないのだ。看板や標識が立っているはずもなく、どちらに進むべきか判断できるわけもない。
     頬を掻いて今降りてきたばかりの縄梯子を見つめる雅の横で、春蘭が八咫鏡を取り出した。鏡にそっと手を添えて、目を伏せる。
    「……我らを、陰羅の元へと導きたまえ」
     その言葉と同時に、鏡が光を帯びる。その光はまっすぐと伸びて一つの方向を指し示す。
    「……この先にいるのか」
    「はい」
     慧と春蘭が真剣な顔で言葉を交わす中で、雅はふっと遠い目をした。
    「……むしろ、天空の城があったりして」
     しかし、それならば雅の持つ勾玉が方向を指し示した方がそれっぽいのだが。
    「は?」
    「どういうことですか?」
     そんな雅の思考が天界人二人に通じるはずもなく、不思議そうな顔で雅を見てくる。
     雅は苦笑して首を横に振った。
    「何でもなーい。こっちに進めばいいんだよね? さ、行こう!」
     雅はそう言って光の指し示す方向を見つめる。不思議と不安はなかった。

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