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    蒼穹の狭間で  4.真実を知るもの(5)

     目を開けて、最初に映った光景は木目の天井で。
     雅はぼんやりとまばたきを繰り返す。あれ、いつ布団に入ったっけと考えかけ――覚醒した。
    「!?」
     勢いよく跳ね起き、周囲を見回す。誰の姿もなく、また気配も感じなかった。この小さな部屋には窓際に置かれたベッドに寝ていた自分しかいないらしい。
     どくりと、心臓が嫌な音をたてる。鏡を見ないでも分かる。たぶん、顔色は青ざめているのだろう。
    「慧……春蘭……?」
     いないと分かっているのに無意識に名前を呼んでいた。
     そのことに気付いた雅は、小さく苦笑する。
     幼い頃からしっかりしていると言われていた。特別に勉強が出来るわけでも、運動が出来るわけでもないが、自分の事は大抵何でも一人で出来た。だから、気付けば人に上手く頼ることが出来なくなっていた。
     なのに、この世界に来てからそれが崩されっぱなしだ。
     状況が状況なので仕方がないというか、何ともいえない部分もあるものの、それにしたって二人の存在がないことをここまで心細く感じるなんて。
    「無事、だよね……?」
     あの後、黒李はどうしたのか。慧と春蘭はどうなったのか。今の雅に知る術はない。ぎゅっと掛け布を握り締めてぽつりと呟く。言葉にしたら不安が増すだけだ。そうと分かっていても、言葉にせずにはいられない。
     はっきりと覚えているのは、目の前に広がった背中と、倒れた慧の姿。自分も倒れたような気がしたがそんなことはまったく気にならず、ただひたすらに慧と春蘭の無事を願っていた。
     自分が何かの魔法を使ったような気もしないでもないが、意識が遠のいていたせいでよく覚えてはいない。
    「……お願い、生きてて……」
     そう呟いて両手に力を込めたところで、雅はふと瞳を瞬かせる。違和感があった。
    「あ、れ? ……あたし、怪我してなかったっけ?」
     慧に庇われたとはいえ、さすがに無傷ですむはずもなく、あの中では一番軽傷だったとはいえ、それなりにダメージを受けていたはずだ。なのに、今自分の身体には傷一つない。
     ようやく自分の現状を把握しようという気持ちになった雅は周囲を見回す。今自分がいる部屋に、もちろん見覚えがあるわけがない。今更感溢れるうえに、自分でもさすがに抜けすぎじゃないかと思う言葉を呟いた。
    「えっと……ここ、どこ?」
     困ったように頬をかきつつ、首を傾げる。
     自分は、命の山を目指して木々が生い茂る鬱蒼とした森を歩いていたのだ。それが何で部屋の中で寝ているのか。
     まったく状況が掴めずに、雅は眉をしかめる。慧と春蘭の安否ばかりに気がいって自分の状況などお構いなしだったが、何も把握できていないこの状態は、あんまりよろしくないような気がする。
     慧や春蘭がここまで運んでくれたという考えも頭を掠めないでもなかったが、すぐさま否定する。
     二人とも雅よりも重傷だったのだ。すぐに動けるとは思えない。万が一動けたとしても、片方は雅についててくれそうな気がする。雅がこの部屋に一人取り残されている時点で、あの二人が一緒にいるという可能性は除外したほうがいいと思われた。
    「……何が、あったんだっけ……?」
     独り言が多いなぁ、などと思いながらも雅は考え込んだ。霞がかった記憶を、何とか手繰り寄せる。
     倒れた慧、伸ばした手。でも、その手は届かなくて。強く、強く思った。死にたくない――死なせたく、ない。そうしたら、慧の顔がこちらを見て、微かに何かを呟いた。
    「……逃げろ、って言ってた……?」
     声が聞こえたわけでも、唇の動きが読めたわけでもない。けれど、そう言われたような気がした、その瞬間。自分の真下で魔法陣が発動し、空気が変わって。
     雅は、顔を上げた。
    「人、が……」
     男とも女とも判別のつかない低いアルトの声と、足音がしたのだ。
     だが、どれだけ唸って考えてみても、その人物を見た記憶がない。たぶん、そこで気を失ったのだ。雅は思わず頭を抱えた。
    「あああ……せめて、もうちょっと意識を保ってれば……あたしの馬鹿ぁぁぁ……!」
     実際には、耐性のない酷い痛みのせいでそれも難しかったとは思うのだが、それでも悔やまずにはいられない。その時、きいっと扉が軽い音をたてて開く。
    「おやおや。いけませんよー。自分を卑下しては」
     その声は、記憶に残っていた低いアルトの声で。雅が勢いよくそちらを向くと、金髪碧眼の柔らかい雰囲気の人物が、湯飲み片手に部屋に入ってきたところだった。 

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