BACK INDEX NEXT

    蒼穹の狭間で  4.真実を知るもの(4)

     眩い光に、反射的に閉じていた瞳を開いて。黒李は一変した状況に瞳を瞬かせた。
    「……光鈴?」
     目の前に倒れていたはずの光鈴の生まれ変わりの姿が、光と共に消えていた。
    「……どこに?」
     黒李は瞳を閉じて精神を集中させた。光鈴に語ったとおり、強い光の力を捉えることは、闇の眷属にとっては造作もないこと、のはすだった。
     だが。
    「分からんな……」
     閉じていた目を開いて眉をしかめ、首を横に振る。
     力が相当弱っているのか、それとも別の要因があるのかは分からないが、先程まで強く感じていた光鈴の気配を全く感じない。
     金色の目を細めて、黒李は足元に倒れ気を失っている煌輝の生まれ変わりと、木の幹に身体を預けたままの巫女を見やった。注意を払って見ることで、光鈴が消えた以外の変化にも気付いた黒李だったが、特に何も口にすることもなく、考え込む。
     ここで、この二人を殺すことは簡単だ。――けれど。
     黒李は小さく一つ頷くと、その場で踵を返した。倒れた二人は、そのままに。

    「……う」
     小さく呻いて、慧は目をうっすらと開いた。ぼんやりと霞がかった視界に広がるのは、草の生い茂った地面のみ。自分が地面に倒れているのだと気付いた瞬間、脳裏に倒れた少女の姿が過ぎった。
    「雅!?」
     叫んで上半身を起こして、そうして気付く。黒李の攻撃を受けて重傷を負っていたはずの自分の身体に、傷ひとつないことに。あれだけの攻撃を受けたことがまるで嘘のように、傷が完治していた。ぼろぼろになった服や地面に染みた血溜りの痕がなければ、黒李が襲ってきたことすら夢のようだ。
    「……え?」
     自分の手のひらを呆然と見下ろして数度瞬き周りを見回すが、雅の姿も黒李の姿もなかった。この場にいるのは自分と、木の幹に寄りかかって気を失ったままの春蘭だけだ。
    「……どういうことだ?」
     ぽそりと疑問を口にしてみても、もちろん答えなどあるはずがない。慧は首を傾げつつ、立ち上がる。春蘭の元に歩み寄りながら、先程会った出来事を思い出そうとした。
     だが、反射的に防御魔法を唱えてそれが破られてから、記憶が朧気だ。何とか攻撃に耐えて倒れてからのことは、特に。
     ただ、その中でもはっきりと覚えているのは、やはり全身に傷を負い倒れた雅の姿だ。それを見た瞬間、何とか彼女だけはと思って――。
    「……どうしたんだっけな、俺……」
     そこから先はさっぱりだ。見事に記憶が欠落していることを考えると、その辺りで意識を失ったらしい。
     気を失った春蘭の横に、膝をつく。彼女の傷もまた、完治しているようだった。
    「おい……春蘭、しっかりしろ。春蘭!」
     肩に手を置いて軽く揺らせば、春蘭の瞼がふるりと震えた。
    「……う、ん……。けい、くん……?」
     どこか呆然とした様子で慧の名を呼んだ春蘭は、次の瞬間に覚醒したようだった。かっと目を見開き、周囲を見回す。
    「……っみ、雅ちゃん! 雅ちゃんは無事ですか!?」
     掴みかかるような勢いで尋ねてくる春蘭に、慧は首を横に振る。
    「俺もさっき気付いたばかりだ。雅の姿も……黒李の姿もない」
    「そ、んな……雅ちゃんは……」
     最悪を想像したのか、春蘭の顔が一気に青ざめる。だが、慧は再び首を横に振った。
     確かな根拠など、ない。だが妙な確信があった。
    「大丈夫だ、雅は。……生きてるよ」
     強いその言葉に、春蘭はきょとんと慧を見返す。
    「だから……俺達は目的地を目指そう」
    「……晄潤、さまのところ?」
     まだ不安げな春蘭に、慧はこくりと頷いた。
    「行く場所は決めて会ったんだ。そこで会えるかもしれない、だろう?」
     その言葉を噛み締めるように、春蘭は目を閉じて頷いた。
    「……そう、ですね。……でも、黒李のことは……?」
     その問いには、慧も表情を曇らせるしかない。
    「それは、分からないけど……現状、俺達じゃ歯が立たないしな。打つ手なしだ……」
    「私……悔しいです。強く、なりたい……」
     静かに、噛み締めるように呟く春蘭に頷き返して、慧は右手を強く握り締める。その思いは、慧も同じだ。慧は顔を上げた。その視線の先には、命の山がある。
    「……行くか。雅を迎えに行かなきゃな」
     その言葉に、春蘭は神妙な顔で頷いたのだった。  

    BACK INDEX NEXT

    Designed by TENKIYA
    inserted by FC2 system