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    FINAL FANTASY W 〜豊穣の国のクリスタル・5〜


    「――っ!」
     微かな音を拾って。
     トロイア城の医務室。そこで力なく瞳を閉ざしていたギルバートは、ゆっくりと目を開ける。
    「……セシル?」
     ギルバートの碧眼が枕元のひそひ草へと向けられた。
     聞き間違えではない。確かに、戦いの音が聞こえた。そして、セシル達の悲鳴と爆発音が。
     今までも幾度も戦闘の音を聞いていたが、今の音は尋常ではなかった。相手は恐らくダークエルフだ。それならば、剣を装備できない今のセシル達が勝利することは、難しい。
     ギルバートは、ベッドから起き上がった。
    「ギルバート様?」
     部屋の隅に控えていた医師や看護師が不思議そうに声をかけてくる。ギルバートはそれには応じず、床に足をつく。医師や看護師が何事か言ったが、それらの言葉はギルバートの耳を素通りした。
     きっと安静にしていろとか今は動くなとかそういった内容なのだろう。
     そんなこと、自分が一番よく分かっている。一歩踏み出すだけで全身の力が抜けそうになるし、息もあがる。
     それでも。
     ギルバートは部屋の隅にたて掛けられた竪琴を見つめた。愛用のリュートは、ここに流れ着くまでに無くしてしまった。彼が今持っているものは、魔力の篭ったこの竪琴のみだ。
     戦闘の度に幾度となく奏でてきた、竪琴。ギルバートはそれに向かって歩きながら、薄く笑みを浮かべる。
     大切な仲間達が戦っている。今、動かなくって、いつ動くって言うんだ。
    「……ダメです! 今、動けばあなたのお身体は……!」
     その言葉だけは、何故かはっきりとギルバートの耳に届いた。けれど、彼の決意を鈍らせるには至らない。
    「……構わないさ。セシル達を助けられるのは……僕しか、いない……!」
     何もせずに泣いて、ただ黙って見ているだけなんて、嫌だ。あんな思いは二度としたくない。もう、失いたくなんてないのだ。
     ここで動かなければ、絶対に後悔する。ここで動かずにいて、健康になったとしても、セシル達を失えばきっと心が死んでしまう。
     弱々しい足取りと反した強い意思の篭った瞳に、医師達はギルバートを止める術を失った。
     止めることが敵わないならばせめて負担を減らすだけだと、医師が竪琴に駆け寄り、看護師の一人が椅子に手を伸ばす。医師が抱えた竪琴を受け取り、看護師が差し出した椅子に座ると、ギルバートはふわりと優しく微笑んだ。
    「……ありがとう」
     看護師の一人が、ひそひ草を鉢植えごと抱え、ギルバートの傍に控える。ギルバートは一度だけ弦を弾いた。変わらない音に、ギルバートが床に臥している間もきちんと調律されていたことを知った。
     ギルバートは小さく息を吸った。そして、美しい旋律が寝込んでいる間に一段と細くなってしまった指から紡がれ始めた。
    「セシル。……みんな!」
     そして、願う。
     この心よ、旋律よ。……どうか、仲間達の元へ届け。

     時に魔物さえも魅了する美しい音色を聴いた気がして、セシルは途切れそうな意識を繋ぎとめた。
     この音色は、知っている。何度も何度も救ってくれた。セシル達の窮地を――心を。
    「ギル、バート……?」
     だが、彼はここにはいない。トロイアの城にいるはずだ。……それなら、この音はどこから。
     そこまで考え、セシルは気付く。その優しい音色はセシルの懐から聴こえていた。
    「……ひそひ草……?」
     そっと懐を押さえ呟いたセシルの声に被るように、ダークエルフが悲鳴を上げる。
    「グゲゲゲ! 何ダ!? コノ不快ナ音ハ!?」
     頭を抱えダークエルフがのた打ち回る。その隙に、何とか身を起こしたテラが癒しの魔法を唱えた。
    「聖なる光よ、暖かなる祝福よ。その恩恵を我らに与え、癒したまえ! ケアルダ!」
     強い光がセシル達を包み込む。全身に負っていたはずの傷が瞬時に癒えていた。
    「テラ!」
     セシルは道具袋からエーテルの瓶を取り出し、テラに渡した。テラは黙ってそれを飲み干す。
    「セシル! この音は……?」
    「ギルバート殿!」
     シドの問いに、ヤンの感嘆の声が答える形になっていた。シドは納得したように頷く。
    「これが……あの男の、音……」
     テラが低く呟いた。テラもギルバートの奏でる音楽を聴くのは始めてらしい。
    「……セシル、みんな」
     ひそひ草から、ギルバートの強く優しい声が聞こえる。
    「ギルバート!」
    「この曲が流れているうちに……ダークエルフを」
    「ああ。……ありがとう、ギルバート」
     セシルは道具袋から装備一式を取り出し、それを手早く装備した。シドも同様だ。最後に剣を握れば、ようやく心が落ち着く。少しの間触れていなかっただけなのに、やはり自分は根からの剣士なのだと、微かに苦笑して。
     セシルは仲間達を振り返った。
    「仕切り直しだ! みんな、行くぞ!!」
     おうっと勇ましい返しの声が聞こえる。ギルバート自身を表したかのような強く、優しい音楽の中で。再び戦闘の火蓋は切られた。 

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