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    FINAL FANTASY W 〜導くもの・3〜

     最初に魔導船の外に出たのは、エッジだった。
     地面を踏みしめて、軽く眉をしかめると小さく首を傾げる。自分達がいた大地よりも空気が若干薄いような気がするし、身体を動かした感じも変だ。どうも、ふわふわする。二回ほど軽く飛び跳ねてみて、違和感は確信に変わる。ローザのレビテトがかかった感じに似てなくもないが、身体は浮きそうで浮かない。
     そして何よりも気になるのは、そこかしこから魔物の気配がすることだ。その気配は地上で感じるものよりも格段に濃厚で、月の魔物が強力であることを物語っている。
     しかも、こちらは今、カインを欠いたため四人態勢なのだ。その分、戦闘において一人一人の負担が増える。今まで以上に気を引き締めなければならないだろう。
    「……ちょっと感覚が違う、かな?」
     エッジの横に並んで立ったセシルが眉をしかめながら呟いた。ローザもまた違和感を感じているらしく、形の良い眉をきゅっと寄せている。
     ふとエッジが後ろを振り返ると、リディアが呆然と立ち尽くしていた。
     目の前に広がるのは草木一つなく、荒涼とした景色。そして異質な環境と、強力な魔物の気配。感受性の強い召喚士の少女が萎縮してしまうのも、無理はないだろう。
    「なぁにやってんだ?」
     おどけたような口調で言うと、リディアがはっと我に返った。
    「な、何でもない! ちょっとびっくりしただけっ!」
     エッジにからかわれると思ったのか、むきになってそう主張するリディアの表情は、生気にあふれて可愛らしい。そんな想いとは裏腹に、エッジはからかうように声をかける。
    「とか言っちゃって、実は怖いんじゃね?」
     リディアがむっとして頬を膨らませる。こういう反応を見せる所は、まだまだ子どもだ。
    「こ、怖くないもん!」
    「よーし、言ったな? 言霊だぜ?」
     そう言うとリディアがはっとしたようにエッジを見つめてきた。魔導船から船外に出るには三段ほどステップを降りる必要がある。リディアはまだ船内にいるため、その視線はエッジよりも高い。
    「……うん! 怖くないよ」
     そう言ってリディアがふわりと笑った。そんなリディアに、エッジは手を伸ばす。
    「……なぁに?」
    「いや、たまにはエスコートもいいかと思って。……では、参りましょうか? 幻界のお姫様」
     澄ましたエッジの態度がおかしかったのか、リディアは小さく吹きだす。
    「何よ、それぇ〜」
     そう言いながらリディアは手を伸ばし、エッジの右手に重ねた。
    「いいじゃん。王子らしいっしょ?」
    「そういえば、エッジって王子様だったよね。忘れてた」
    「えっ!? ひでぇっ」
     そんな会話の間に、リディアはあっさりと月の大地を踏みしめる。ほっと、リディアが小さく息をついた。
    「……ありがと」
     リディアが小さく礼を言う。エッジは左手でリディアの頭をぽんぽんと叩く。
     右手にリディアの体温を感じながら、この体温を失いたくないと、心から思う。
     簡単に命を捨てるつもりはない。目の前の少女が泣くから。それでも、いざという時は。この命に換えても、リディアだけは。
     エッジは一瞬右手に力を込めると、ぱっとリディアの手を離し、にかっと笑った。
    「さ、行こうぜ!」

     離れていったエッジの右手を何となく視線で追って。リディアは先ほどまでエッジと繋いでいた手を見下ろした。
     何故か寂しく思ったけれど、自分でも何でそう思ったのか分からない。リディアは不思議そうな表情で、瞬く。
     すたすたと歩いて行ったエッジは、セシルとローザに明るく声をかけている。
     エッジは凄いとリディアは思う。仲間になって一番日が浅いのに、このパーティーに欠かせない存在になっている。
     戦力的にも、精神的にも。普段はふざけてばかりで子どもみたいなのに、大切なときには大人になって、皆を支えてくれるのだ。
     さっきみたいに。
     この大地に降り立とうとした時、本当は怖かったのだ。荒廃した風景、異様な空気、色濃い魔物の気配。全てに萎縮し、飲まれてしまっていた。足が動かなかった。
     だからエッジに声をかけられた時、恥ずかしくなった。リディア以外の仲間は平気そうなのに、一人だけ怯えているのが子どもみたいで、虚勢を張った。
     そんなリディアの心情は、きっとエッジに見透かされていたのだろう。からかうような口調が悔しかった。
     けれど、言霊と言われた瞬間、はっとした。言霊。言葉に宿る、力。怖くないと言えば、怖くなくなると。気をしっかり持てと。エッジの言葉の意味に気付いて、リディアは泣きそうになった。
     何で、この人はいつも、タイミングよく。
     伸ばされたエッジの手を取れば、その大きさと暖かさに、リディアは安堵した。
     何だかそれが気恥ずかしい気がして小さな声で礼を言うと、気にするなというようにリディアの頭を叩いたエッジは、それから空を見上げた。その瞳が悲しい決意を帯びたような気がして。
     一度、力の込められたエッジの手。その手を離したくないと思った。この体温を、この声を、この瞳を、失いたくない。
     仲間が、クリスタルの城に向って歩き出す。リディアは、少し前を歩くエッジの背を見つめ、瞳を閉じた。
     何度も無力さを感じた、自分自身。それでも、あの背中を守るだけの力はあるはずだ。
    「……力を貸してね……。幻獣達……」
     もう二度と。あんな思いはしたくないから。
     そう強く思ったリディアは、ふと視線を上げる。今、声を聞いたような気がした。仲間の誰のものでもない声。リディアの強い願いに応じるような声が。
     それは、幻獣が呼びかける感覚によく似ていた。
    「おーい、リディア! 置いてっちまうぞ!」
    「待ってよ〜!」
     エッジの声に、リディアは気のせいかと首を傾げつつ、走り出したのだった。

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