月に出る魔物は地上の物よりも異様な形をしたものが多く、しかもどの魔物も強力な力を持っている。それは、月の環境が地上よりも過酷なせいだろうか。
頭の片隅でそんなことを考えながら、セシルは最後に残った魔物を横に薙いだ。悲鳴とともに、魔物が地面に倒れる。
セシル達は現在、月にいくつかある洞窟の中にいた。行き止まりはなく通り抜けられるのだから、洞窟というよりは地下通路という表現の方が正しいかもしれない。
「……みんな、怪我はないかい?」
振り返ってそう尋ねると、全員がこくんと頷いた。
「まぁ、何とかな〜。にしてもきっちぃなぁ〜」
「そうだね〜。……魔力、尽きそう……」
「ひとつひとつの戦闘に全力で当たらないとならないものね。……リディア、エーテルよ」
ローザが差し出した小さな瓶を、リディアは礼とともに受け取った。
そのリディアの顔色が若干よろしくないのは、先程から強力な黒魔法や召喚魔法を行使し、魔力の消費が激しいためだろう。
「……魔道船から見た感じだと、クリスタルのお城までもう少しだよね?」
「そうだね。……ここを出たところだと思うんだけど……」
セシルは頷きつつ、エッジに視線を送る。このメンバーの中では一番空間把握能力がありそうなエッジは小さく頷いた。
「そうだな。かなり近くまでは来てると思うぜ」
その言葉にどことなくほっとする。順調に進めばそれほど時間はかからないだろう。
「……よし! じゃあ、みんな行けるかい?」
セシルの問いに、再度全員が頷き、歩き出す。目的地はもうすぐだと言い聞かせないと、いい加減心が折れそうだ。
口には出せないけれど、そんな気持ちを抱えながら通路から出る。そうして辺りを見回すと、その通路から北西の方向にそびえたつクリスタルの城が見えた。
「わぁ〜。大きい〜!」
リディアが見上げつつ、感嘆の声を上げる。
「やっぱ近くで見ると迫力がスゲーな!」
エッジもまた興奮したような声でそう言った。
「クリスタルがきれいだわ……。……セシル?」
その美しさに陶然と呟いたローザは、セシルが沈黙したままなのに気づき、セシルに顔を向けた。その視線の先でセシルはクリスタルの城を見つめたまま、呆然としていた。
「セシル?」
再びの呼びかけに、セシルははっと我に返る。
「あ、ご、ごめん……!」
「……セシル、大丈夫? 月に来てから……少し様子が変よ……?」
そう声をかけるローザの横のリディアとエッジの表情も、どこか心配そうだ。こんなに心配をかけていたことに気付かなかった。セシルは苦笑する。
「うん……何か……。ここに来てからずっと、変な感覚なんだ……。懐かしいような、そんな気持ちになって……。変だよね」
「……懐かしい……?」
ローザが不思議そうな表情で首を傾げる。セシルはこくんと頷くと、クリスタルの城を見上げた。
「……あそこに行けば、こんな感覚になる理由も分かるかな……」
いや、きっと分かるだろう。何故かそんな確信がセシルの中にある。セシルはゆっくりと城に向って歩き出した。
そんなセシルの様子に、ローザ達は一度顔を見合わせた後、黙ってセシルの後に続く。
そうして中に足を踏み入れたクリスタルの城は、外観だけでなく中身全てがクリスタルで構成された、無機質な印象の城だった。
仲間達がひどく緊張しているのが分かる。けれど、セシルは緊張も不安も感じなかった。むしろこの中ならば大丈夫だという安心感さえある。
セシルは迷わずに奥へと歩を進めた。仲間達がわずかに遅れてついてくる。
ミシディアの長老を通じてセシル達を呼んだものがこの奥にいると、何故かセシルには分かった。
狭い通路を抜けると、中央に立派な椅子が据えられた広間へと抜ける。
「――よくぞ、参られた!」
セシル達以外誰もいない広間にどこからかそんな声が響いた。しかし、辺りを見回しても誰の姿もない。その時、ふと椅子の前の空間が歪んだような気がしてそちらに目を向けると、突然白い立派な髭をたくわえた老人が現れた。
驚きつつも警戒心を露わにする仲間達をセシルは片手で制止し、老人を見つめる。
「……あなたは?」
「月の民、フースーヤ」
老人は威厳に満ちた態度と声で、短くそう答えたのだった。