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第四話

「うわぁ……! 森の奥にこんな場所があるんだねぇ。……すごい」
 日に日に温かくなっているとはいえまだ寒さの厳しいこの時期に、これだけ青々と草花が生い茂っている景色は珍しいのだろう。ティオがほうっと息を吐くのを聞きながら、ウェルチはそうですね、と頷いた。
「祖母が見つけた場所なんです。どんな季節でも草花が枯れることのない場所。何でここだけそうなのかは、祖母にも分からなかったみたいですが……」
 そう言うと、ティオが柔らかく笑った。
「まるで、この場所に魔法がかかってるみたいだね」
「わたしも、そう思います」
 ちょうど今朝、そんなことを考えていたことを思い出し、ウェルチもまた柔らかく微笑むと、ティオが嬉しそうに笑う。
「それじゃあ、薬草の採取しないとね。何を取ればいいの?」
「そうですね……」
 ウェルチは地面に視線を向けると、二種類のハーブを摘み取ると、ティオに渡す。
「これとこれをお願いします」
「うん、分かった」
 ティオは素直に頷くと、ふと首を傾げた。
「……ウェルチから不思議な香りがする……」
「え!?」
 どきりとしたが何とか表情には出さずに、やり過ごす。
「……そうですか? ティオさんとお会いする直前まで作業場にいたから……香りが移ったのかな……」
「そうなのかな。……それにしては香りがきついような気もするけど……」
「そうですか? 今、かなりのハーブに囲まれてるから、その香りじゃないですか?」
「ええ〜? ……うーん……」
 やや納得のいかない様子で、それでもティオは指示された薬草を摘みはじめる。
 それをしばらく見守っていたウェルチは、微かに安堵の息を吐いた。
 ティオに背を向けると、そっと胸元を抑える。そこには首からぶら下げた匂い袋がひとつあった。獣除けに調合した匂い袋だ。
 ウェルチが森の奥に入るに時にいつも使っている匂い袋だ。
 この匂い袋のおかげで獣に襲われる心配はないわけだが、これの存在が今ティオにばれてしまうのはよろしくない。ティオを試す意味がなくなってしまう。
 かといって、匂い袋を持っていかないという選択肢はなかった。ティオを危険な目に合わせるわけにはいかないし、万が一危機に陥ったらウェルチではティオを守ることはできない。
 彼の身の安全の確保が第一とはいえ、何だかだましているような気がして、ほんの少しだけ罪悪感を覚えないわけではないけれど。
 だが、これは祖母から受け継いだ薬師としての方針だ。たとえ、顔なじみのティオが相手でも崩すわけにはいかない。
 祖母やウェルチが受ける数ある依頼の中には、貴族からの媚薬の依頼をはじめとした心に作用するような薬の調合依頼もあった。
 そういった依頼に対して、貴族は得てして報酬に糸目をつけず依頼理由を語ろうとしない。どこか後ろ暗いところがあるからだろう。だから、祖母は金銭以外の部分で対価を求めるようになった。
 その過程で、依頼人の人となりと依頼をしてきた理由を見抜くのだ。
 自分の調合した薬がどのように使われ、どのような結果をもたらすのか。それが分からないことには調合の依頼を受けない。それが己の仕事に責任と誇りを持っていた祖母の薬師としての姿勢だった。
 そして、その姿勢を貫く意思は祖母の背中を見て育ったウェルチの中にもある。
 だから、ウェルチも祖母と同じように依頼人を試す。自分の仕事に責任を持ちたいというのもあるが、他人の心も自分自身の気持ちも、金銭を対価に手に入るようなものではないと、そう思うから。
「……でも、今回はちょっとやりすぎだったかな」
 薬草に伸ばしかけた手を止めて、ウェルチは小さく零した。
 幼い頃から顔なじみのティオの人柄はよく知っている。小さい頃は体が弱くてすぐ泣く子だった。年下のウェルチがティオを慰める様子を見て、大人たちが苦笑しつつも微笑ましい視線を送っていたのを、覚えている。
 今はウェルチよりも背も高く、身体も丈夫な青年へと成長したティオだけれど、その心根は全く変わっていない。小さかった頃と同じ。優しいままだ。
 ティオはウェルチが調合した薬を悪用したりはしないだろうし、万が一そんな事態が来たとしても優しい眼差しを辛そうに歪めながら相談に来るに違いない。
 ティオの様子を見れば、彼がどれだけ真剣かは分かる。別にここまでして試す必要はなかったかもしれない。
 ふと、ティオの照れた表情が脳裏に浮かんだ。
 何だかもやもやとするのは、自分の行動を後悔しているからだろうか。
「……勇気の出る薬なんて……」
 だが、ウェルチの言葉はそこで途切れた。
 視界が白くかすんで、身体がふらつく。うまくバランスが取れなくて、上体が傾いだ。
「ウェルチー、これくらいで……ウェルチ!?」
 焦ったようなティオの声を最後に、ウェルチの視界は暗転したのだった。

 

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