第二話
「……噂をすれば何とやらってやつね……」
ジーナの言葉を聞きながら、ウェルチは努めて冷静にティオを見る。
顔を見るのも声を聞くのも久しぶりで、ひどく緊張して、胸が高鳴る。浮き立ったこの心がどうかティオにばれませんようにと思いながら、ウェルチは席から立ち上がった。
「……お帰りなさい、ティオさん」
「うん、ただいま。やっぱりウェルチはここにいたね。よかったよ、会えて」
その様子が、単純に再会を喜んでいるようには見えなくて、ウェルチは首を傾げた。
「……何か、ありましたか?」
「うん。都で、ちょっと気になることがあったんだ。院長先生とウェルチには知らせた方がいいと思って」
院長先生というのは、この町唯一の診療院の先生のことだ。
途端に、ウェルチの表情が険しくなる。
「何が気になるんですか?」
その時、きいっとドアが開く音がした。
「……都で風邪によく似た病が流行しているのです。それが、この町でも流行るのではないかと、ティオ様は懸念しているのです」
鈴の鳴るようなその女性の声を、ウェルチは知っていた。驚きに目を見開き、カフェの出入り口に視線を向ける。
「レティシア様!?」
「ええ。お久しぶりですね、ウェルチ。……あなたは、ウェルチのお友達?」
視線を向けられたジーナは少し緊張した様子で立ち上がった。
「はい。ジーナと申します」
「わたくしはレティシアです。どうぞお見知りおきくださいませ」
綺麗に微笑んだレティシアは、ウェルチに向き直る。
「風邪に似た病、ですか?」
「ええ。突然、高い熱が出ると聞きました」
「……突然、ですか?」
それは確かに風邪とは違うように思える。風邪の多くは経過も緩やかで、突然高熱を出すというような症状もほぼない。
「うん。あと全身がだるくなったり、食欲がなくなったりするみたい。……院長先生には、国の医師会から連絡が行ってるかもしれないけど、ウェルチは違うだろう? だから、直に聞いてきた僕から伝えた方がいいと思って」
「そう、ですか……。あとで、院長先生の所による必要があるかもしれませんね……」
「僕も行くよ。父にも報告しなきゃいけないし、院長先生のお話を聞いておきたいんだ」
「分かりました」
真剣な表情で会話を交わすウェルチとティオの間には、当然のごとく恋愛めいた雰囲気など欠片もない。
そんな場合ではないことは分かっている。それでもジーナは肩を落としてしまう。
そして、そんな二人を静かに見守るレティシアにそっと声をかけてみた。
「……レティシア様は、ティオ様のこと、好きなんですか?」
率直な質問に、レティシアはちらりとジーナを見た。
「……ああ、噂にもなっているでしょうし、あなたも知っているのですね。ティオ様がわたくしの婿候補の一人だと」
そう小声で言ってから、微笑む。
「まだ、好きとまでは言えません。……ただ、気に入っている、気になる男性の一人ではあります。わたくしの父と母は、わたくしが好意を持った男性の中から婿を決めたいと言っておりますので、そもそも気に入らなければ婿候補にはなりえないのです」
レティシアのはきはきとした返答に、ジーナは驚きに目を見開いた。真面目な返答を貰えるとは思ってもみなかった。無視されるかもしれないとすら考えていたのだ。
「……具体的にどこが気に入ったのか、聞いてもいいでしょうか? あの人、自他共に認めるヘタレ……えっと、情けない人ですよ」
ジーナの言葉に、レティシアはくすりと笑った。
「あなたは、率直な人ですね。けれど、嫌味がないからかしら。嫌な気分はしないわ。……ウェルチには素敵な友人がいるのですね。……羨ましいです」
そう言って目を細めたレティシアの瞳には、羨望の色が見えた。今の言葉は、レティシアの本音だったのだ。
「……関係のないことを言いました。……ティオ様が少し頼りない方であることは分かっています。けれど、同時に勇敢な心をお持ちだということも、知っています。……原石のような方だと思いました。だから、気になる方なのです」
「原石、ですか?」
一応問い返しては見たものの、ジーナにはレティシアの言いたいことがおおよそ分かっていた。
「ええ。磨けば光る原石。……わたくしが磨く、というのも素敵だと思いません?」
そう言って浮かべたレティシアの微笑は、ジーナでさえ息を呑むほど美しかった。
そして、ヘタレと言われた当人たちは、自分達の会話に集中するあまり、今のやりとりに全く気付いていなかったのだった。